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楽書帳

愛情が一番の香辛料だから
トピック

Mμ
2018/11/19 18:56

私は、スタバもコンビニもない田舎で育った。
喉が渇けば花の蜜を吸ったし、友達は学校の少数の子と、家で飼っている豚や鶏くらいだった。
小学4年生の時、弟が欲しいとぐずった私に、父は子豚をプレゼントしてくれた。
名前はピーちゃん。
乳離れしたばかりの活発に動き回る男の子。
一緒にかけっこをしてお昼寝をして、泥だらけになりながら遊んだ。
生まれてから豚が食肉に変わるまでの期間、180日。
それは父の気まぐれだったのかもしれない。
情操教育という名の元で、ピーちゃんは我が家で食べられることになった。
私は泣きじゃくり、母は激怒し、祖父母は父を手ひどくなじった。
しかし、どのような経緯があったのかピーちゃんは食卓にのぼった。
母に付き添われ、淡々と解体されるピーちゃん。
泣きじゃくり嗚咽にむせる私。
満足そうにふんぞり返る父。
その日、分厚いとんかつの味を私は一生忘れない。
噛むとジワッと染み出る肉汁、条件反射であふれ出る唾液。
咀嚼するたびに次を欲する渇望感。
いまだかつてこれほどまでに美味しいと思ったことはなく、感情に名前を付けることができず私はただただ泣きながら平らげた。

それ以来、私は料理をするようになる。
始めは母の手伝いから始め、中学生に上がる頃には夕飯は私が作るようになっていた。
もともと忙しく養豚場と養鶏場を営んでいた我が家では、働きでとして歓迎された。
しかし、私が料理をし始めた理由は他にある。
知りたかったのだ、美味しかった理由を。
ピーちゃんがとんかつになったあの日から食べたどのとんかつも、あれほどの美味しさを感じられなかったのだ。
様々な試みをした。
豚、鶏、牛、厚さを変え、調理法を変えた。
熟成度合いと関係するのかと、解体されたものと日にちを置いたものとを比較し、お腹を壊し救急車で運ばれたりもした。
よく焼いた肉は旨味が逃げ、レアくらいのものが噛みごたえもあり美味しかった。
様々な薬草を使い、臭みを消し、素材を組み合わせることで可能性を模索した。

あぁ、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。これじゃないこれじゃないこれじゃないこれじゃないこれじゃないこれじゃない。何かが足りない。私はそう、ずっと思っていたのだ。

それに気がついたのは、大学に進学し一人暮らしを始めて一年が経った時だった。
初めてできた年下の彼氏。初めての夜。
彼のモノを口の中で転がしながら思ったのだ。
“美味しそう”だと。

以前公園にいたとき変質者に会った。
目の前で露出させた彼のモノをしげしげと眺める私を格好の獲物と思ったのか、個室トイレに連れ込まれ、慰めるように言われた。
肉。
そこにはいまだ食べたことのない肉がある。
思いっきり噛みしめた。
ブチンッと噛み切れる感触、口いっぱいに広がる血の味。
「まっずっ・・・。」
血抜きされていない肉はやはりダメだ。
男は悲鳴を上げて逃げ、私は2,3口の中で味わった後、地面に吐き捨てた。

ピーちゃんと変質者と彼のモノと、何が違うのか。
愛情だ。
ピーちゃんと私はたとえ180日であっても同じ時間を共有し、一緒にたくさんの楽しい時間を過ごしたのだ。そうだ、愛情が足りなかったのだ。
私は、太っているよりも適度に引き締まっている方が好きだ。
ベジタリアンのほうが肉に臭みがない。大丈夫。
肉は厚く、レアに焼き上げよう。
薬草の芳香と食欲をそそる焼けた肉の匂い、噛みしめたときの肉厚な食感とジュワッとにじみ出る肉汁の旨味。
何より私は彼が好き。大好きなのだ。
スキスキスキスキスキスキスキスキスキ。
これからたくさんの思い出を作ろう。
一緒にランニングをしてお昼寝をして、汗だくになりながら遊ぼう。
だって、愛情が最高の香辛料なんだもの。

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