「木枯し紋次郎」は最高!「水戸黄門」は最低!と思う方はご一報ください!
「必殺仕置人」は最高!「必殺仕事人」は最低!と思う方もご一報ください!
轟直人は「水戸黄門」が大っ嫌いです。圧倒的な社会的地位と都合の良すぎる無敵の武力に守られて超超超上から目線で助と格の2人だけに何十人もの戦闘員を相手させておいて「懲らしめてやりなさい。」と言われると助と格がボッコボコにされて思い上がりを反省することの方を望んでしまいます。そもそも史実を曲げて副将軍に日本中を旅させて泊まる先泊まる先全ての土地で悪代官と悪商人が手を組んで庶民を苦しめているってなんですか?将軍は何をしているんでしょう?犬猫重んじるより先に国内の治安安定に努めなさいよ!日本中悪事だらけなのに1週間で1悪事しか解決できない副将軍も効率悪すぎでしょう!こんな頭の悪すぎるストーリーを楽しめる「水戸黄門」ファンは知性がなさすぎます!いかにも演歌調の「♪人生楽ありゃ苦もあるさ~」も超耳障りです!その轟直人をローティーンの時夢中にさせた時代劇がありました。「木枯し紋次郎」です。高校国語教師だった伯父が「面白い」と両親に薦めたのですが当時轟直人は「お荷物小荷物・カムイ編」を観ていたので観たのは昭和47年4月22日の「見返り峠の落日」からでした。「水戸黄門」の頭の悪さの全てを否定した知的な物語に惹きつけられました。明らかに「水戸黄門」に挑戦し反旗を翻す意図で制作された作品ですね。主人公は社会的地位最下層の無宿渡世人(ホームレス)です!正義感(というより国家レベルの為政者の責任感)でトラブルに積極的に関わっていく黄門様ご一行と違って「助けてください!」と赤の他人に頼られても「あっしにゃ関わりねえこって。」とトラブル回避しようとして時代劇の《常識》をひっくり返すのが斬新でした。それでもトラブルが起これば無宿渡世人であるという理由で濡れ衣を着せられて戦わざるをえなくなり・・・それまでのいわゆる痛快時代劇の殺陣の《常識》をもひっくり返して正正堂堂と斬りあうのではなく逃げ回り走り回りこけて上から責められたところを下から突き刺す!都合の良すぎる無敵の武力を否定した殺陣も斬新でした!フォーク調の「♪ど~こかで~だ~れかが~」も時代劇の《常識》を否定して斬新でした。年寄り好みな知性のない従来の定番時代劇の《常識》を悉く覆して高校国語教師の知性を満足させ反抗期に突入した理屈っぽいローティーンをも熱狂させたのが「木枯し紋次郎」なのです。昭和47年5月27日の「流れ舟は帰らず」のあと6月3日から11月11日までの「浮世絵女ねずみ小僧」も見ていましたね。轟直人は田中邦衛といったらまず女ねずみの頼りになる相棒男ねずみ留吉なのです。だから昭和49年の「ルパン三世」での頼りになる相棒次元大介役にも違和感はありませんでした。そして11月18日の「馬子唄に命を託した」から翌年3月31日の「上州新田郡三日月村」まで欠かすことなく鑑賞しました。紋次郎といえば楊枝飛ばしですがあれは・・・峠で死んだ片足の女の着物の裾が風でなびかないようにとめてやったり自分に憧れて死んだ男がくわえたがっていた楊枝をくわえさせてやったり川に身を投げようとしている女を思いとどまらせたり亡くなった夫の好物だった栗を足元に落としてやったり金に執着して亡くなった老人の手元に小判を飛ばして握らせてやったり・・・紋次郎が「虚無」になりきっていず「情」が残っていることを示すヒューマニズムの表現ですね・・・。視聴率では途中で「必殺仕掛人」に抜かれましたが轟直人は途中から乗り換えたりはしません!
「木枯し紋次郎」終了後に4月21日から始まった「必殺仕置人」にはやはり夢中になりましたね!こちらも「水戸黄門」の頭の悪さの全てを否定していましたからね!「水戸黄門」といえば①天下の副将軍が史実無視して全ての土地が悪代官と悪徳商人に虐げられている日本中で②積極的な人助けのために③圧倒的武力をもって悪を懲らすという知性の無い話ですが「必殺仕置人」もまた①島帰り=前科者の骨接ぎが出世と無縁の同心と組んで②金をもらって=ビジネスで③不意打ちのような手段で悪を凝らすという「水戸黄門」に挑戦し反旗を翻す意図で制作された作品でしたね。なんといっても念仏の鉄の骨接ぎ技術を逆用した必殺「骨外し」「骨折り」をレントゲン映像で見せる殺陣(!?)が斬新でしたが主水のほうも決して助さん格さんのように正正堂堂と戦ったりせず能無し同心と思われていることを逆用して相手を油断させておいて近づいていっていきなり隠し持った短刀でグサッ!というもはや〖卑怯〗というべき殺陣(!?)もまた斬新でした。
昭和52年1月21日からは「新必殺仕置人」10月5日からは「新木枯し紋次郎」が始まりましたが・・・「新木枯し紋次郎」のほうはあのいかした音楽も芥川隆行のナレーションもなくなり小説どおりに腕を斬ってとばす旧シリーズで市川崑が避けていた〖血なまぐさい〗殺陣になってしまって残念なことになってしまいました。「新木枯し紋次郎」でよかったと思うのは①大林宣彦による遊び心あふれるタイトルバック!②昭和和53年1月18日の「二度と拝めぬ三日月」で笹沢左保自らが国定忠治を演じておいしいところをもっていったこと!の2つですね。「新必殺仕置人」のほうは旧シリーズ以上にウエットな「情」でなくドライな「知」に訴える展開で楽しめました。第1回「問答無用」からいきなり主水が仕置のターゲット!どうする仕置人?だし第9回「女房無用」主水の女房が仕置のターゲットに攫われた!どうする仕置人?第10回「助人無用」耄碌しかけの仕置人OBに本人には気づかれないように仕置を援助する依頼を受けた!どうする仕置人?そして最終回「解散無用」念仏の鉄の壮絶な最期も正真正銘これで終わりという潔さがよかったです。
なのに・・・生き延びた出世と無縁の同心中村主水は「必殺仕事人」として(仕事人!ビジネスマンではありませんか!〖仕置〗という〖厳しい酷い罰を与える〗というどぎついニュアンスを失ってしまいましたね!)新たに簪の秀だの三味線の勇次だの助さん格さんに近い〖かっこいい〗イケメンメンバーと組むことで〖毒をもって毒を制する〗感を失ってしまいさらには「必殺仕事人現代版」で裏の顔を知られることなく亡くなったことが示されてしまって「水戸黄門」に近づいた〖安心してみられる時代劇〗になりさがってしまいました(>_<)「新必殺仕置人」はサブタイトルも「××無用」で統一して知的だったのに(「必殺仕置人」もサブタイトルの最初の1文字を「い」「ろ」「は」・・・でそろえる知的な遊びは見られましたが)「必殺仕事人」は「主水××する」という冗長なものになってしまいました。内容自体の知的VS冗長を端的に表しているともいえますが。
テーマパーク「三日月村」は村中では100円玉のかわりに文銭1000円札のかわりに小判を使うというこだわりが江戸村以上で楽しめたのに・・・雨で靴が濡れたという客の苦情をうけて舗装してしまうとは!(>_<)文銭や小判のこだわりが台無しです。江戸時代には舗装なんてありません!雨がふれば靴は濡れたのです!靴が濡れるのが嫌なら草鞋にはき替えて入場しろよ!1人のバカな客のために風情を失ったのも残念です。「三日月村」の隣には「スネークセンター」もありますね。マムシのかば焼きが食べられますよ。注文したら薄暗い部屋に通されて先客2人が出てきたマムシをゲテモノ扱いして指さしているので不快になりました。こそこそこそこそやましそうに食べてどうする!明るいところで食べてもいいか確認して明るいところに出ていただきました。暗いところから明るいところに急に出たせいで・・・「まむし~🌞」w
2021年10月8日に綾辻行人と並ぶ新本格ミステリーの旗手有栖川有栖選必読selectionとして笹沢左保の「招かれざる客」が刊行されました。そのⅠntroductionで「笹沢左保についてどんな作家だと思っているか」の問いがありますが轟直人の答はもちろん「木枯し紋次郎の原作者」です。Wikipediaでも笹沢左保の「代表作」は「木枯し紋次郎」です。Wikipediaには「2時間サスペンスドラマでおなじみのタクシードライバーシリーズや取調室シリーズ」も傑作・話題作と紹介していますが本格ミステリーマニアの轟直人は2時間サスペンスなんて眼中にありませんでした。が。「招かれざる客」は有栖川有栖が「本格ミステリの傑作」だというので読んでみました。読んでみて・・・感嘆驚嘆賞嘆でした!・・・笹沢左保は「あれが伏線だったのか~!」という「謎解き」の面白さのツボを熟知していたんじゃないか!と感嘆驚嘆賞嘆させられたのです!・・・「この地下室というのが実に理想的にできていましてね。」(90ページ3行)「彼女は典型的な世話女房になりますね。」(91ページ6行~7行)・・・これが伏線だったなんて気づかせないのですから巧いものです。また。高橋克彦が「小説家」で紹介した乱歩賞のポイントである「自分の熟知した世界を書くこと」。森村誠一にとってのホテル。高橋克彦にとっての浮世絵。笹沢左保にとっての郵便局。Wikipediaによれば笹沢左保は1952年から1961年まで郵政省に勤めていたのですね。それを生かした「招かれざる客」乱歩賞受賞作にしたってよかったでしょうに。「非常階段での殺人」「凶器の焼失」の「謎解き」も「なるほど~!」です。そして。「招かれざる客」とは何か?の謎解きがまた感嘆驚嘆賞嘆でした!ああ!「木枯し紋次郎」も「招かれざる客」だったのか!笹沢左保の中ではデビュー作「招かれざる客」とのちに自身の代表作となる「木枯し紋次郎」はつながっていたのか!
2018年1月31日には「招かれざる客」に先立って〖あの〗創元推理文庫から「木枯し紋次郎ミステリ傑作選」が刊行されていました。Wikipediaでも「木枯し紋次郎」は笹沢左保の初めての時代小説「見返り峠の落日」の「どんでん返しのある推理仕立て」が好評となって生まれたシリーズとあるし霞隆一も「トリックの宝庫」と称賛しているし放送当時もTVガイドには「毎回美女が出る」というのと並んで「どんでん返しが楽しめる」というのが見どころとして紹介されていました。が。放送当時の轟直人は「水戸黄門」の頭の悪さの全てを否定した知的な作りに魅せられていたのでミステリーとしては楽しんでいませんでした。再び。が。ふりかえってみれば確かにミステリー要素は多多ありました。たとえば「六地蔵の影を斬る」。小判鮫の金蔵が紋次郎の楊枝を欲しがる場面で「楊枝は吹き矢代わりの武器として使える」と説明することで金蔵が紋次郎の武器を奪おうとしていると〖ミスリード〗をかましておいてさらには金蔵が紋次郎に斬りかかることで「やっぱり!」と思わせておいて金蔵は抵抗もせずに紋次郎に斬られてじつは金蔵が紋次郎に憧れていて紋次郎の手にかかりたかったのだという〖どんでん返し〗を仕掛けてそれで最後に死んだ金蔵の口に楊枝を飛ばしてくわえさせてやるというラストになるわけですね。たとえば「木枯しの音に消えた」。これなんて轟直人が「ドラえもん」のベストミステリーとしてセレクトする「2112年ドラえもん誕生」の紋次郎版です。というより「2112年ドラえもん誕生」が「木枯しの音に消えた」のドラえもん版です。(辻村深月が初めて読んだミステリーは「ドラえもん 天の川鉄道」だそうですが。)紋次郎の頬の一文字傷と咥え楊枝の謎が明かされる話のうえ紋次郎に楊枝飛ばしを教えた女の子は死んだと語った女がとうの女の子だったという〖どんでん返し〗。女にかけるひとこと「おめえさんのことは思い出しもしねえが忘れもしやせんぜ。」も印象に残っています。のちに「るろうに剣心」が頬の傷を一文字から十文字にパワーアップさせてシリーズ完結編でその〖謎解き〗展開をぱくってくれましたね。(轟直人は「るろうに剣心」は映画5作だけは観ました。)またたとえば。ホームズシリーズはシリーズ終了を意図して「最後の事件」でホームズが宿敵モリアーティー教授と闘ってライヘンバッハの滝に落ちたようだとしますが・・・直接死ぬ場面を描くに忍びず間接的に描いたことが幸いして読者の要望に応えてシリーズ再開する際にはじつは落ちていませんでした~で済ませられましたが・・・ホームズへのリスペクトに凝り固まった「名探偵コナン」シリーズでは(なにしろ新一に幼稚園年中で「ダンシングメン」を読ませて即その推理方法を蘭相手に実践させてしまうリスペクトのきわみ!)ライヘンバッハをオマージュした来葉峠で赤井秀一を一度葬りますがこれは絶対に助かりようがない直接的な最期のように描いておいてそれでもなお「まさかここまでとはな」という感嘆驚嘆賞嘆のアイデアで復活させましたが・・・紋次郎シリーズも全100作品中30作目1973年6月の「唄を数えた鳴神峠」で40人と闘って左肩を割られて路上に倒れて終わるそうですが2年あけて1975年6月の「木枯しは三度吹く」で再登場するそうですね。どうやって!?「殺されたのは紋次郎を名乗った偽者でした~」ということにしたようですね。「越境する本格ミステリ」(扶桑社)では「必殺仕掛人」のミステリ的面白さは「ハウダニット=いかにして殺すか」に尽きると述べていますがそれは「新必殺仕置き人」にまで継承されているし「木枯し紋次郎」だって本格ミステリの伏線テクニックを熟知した笹沢左保によって〖どんでん返し〗で楽しませる越境した本格ミステリーなわけです。
2019年1月21日には同じ創元推理文庫から「銭形平次ミステリ傑作選」が刊行されました。解説で末國善己が「人情路線の捕者帳との誤解が解けることを願ってやまない」と望んでいますが轟直人も銭形平次といえば大川橋蔵のドラマのイメージでいました。だから!ルパン三世のライバルがどうして銭形警部なんだよ!?というのは長いこと不満でした。銭形平次の子孫ではルパンの孫を相手にロジックで知恵比べはできないだろう!?という不満を感じていたのです。だから。じつは創元推理文庫に加えられるほどの「ミステリ」らしさが野村胡堂の小説のほうにはあるんだったらルパン三世のライバルとしての人選への必然性も高まるからぜひとも確認してみたい!と思ったわけです。読んでみたら・・・
「平次は豁然としました。一切の不可能を取払った後に残るものは、それがいちおう不可能に見えても、可能でなければなりません。」(「花見の仇討」1937年)
え!?これって・・・
「ぼくは以前からひとつの公理をもっていますが、それは、あり得べからざることを除去してしまえば、あとに残るものが、いかに信じがたいものであろうと、真実に違いない、というのです。」(「緑柱石宝冠事件」1892)
ってぇホームズの名言ですよね。
「不可能な物を除外していって残ったものが・・・たとえどんなに信じられなくても・・・それが真相なんだ!!」(「名探偵コナンFILE282最後の一矢」2000年)
ってホームズをリスペクトする新一が引用するのは分かりますが文化文政期(1804年~1830年)の平次にこんなロジカルな思考ができるなんて\(◎o◎)/!!!
これだったらその子孫がルパン三世と対峙できるライバルであることに異存はありません。
ロジカルな銭形平次を人情路線の捕物帳のイメージで流布させてしまったという大川橋蔵の「銭形平次」をじっくり鑑賞したことはなかったので1966年5月4日放送のepisode1「おぼろ月夜の女」を鑑賞してみました。1966年といえば轟直人は「ウルトラQ」に夢中になっていた年です。さすがにリアルタイムで「銭形平次」に関心はもっていませんでした。
朝昼晩お稲荷さんの掃除を欠かさない善人弥平がおぼろ月夜の夜に刺し殺され万七は隣で寝ていた娘のお珊を捕まえようとしますが平次は死体を検分して正面から右の脇腹をひと突きされているのだから下手人は仏と顔見知りの左利きだと推理します。弥七の指の間には刺青があり5年前に5千両を盗んで消息をたった十二支組の1人と分かります。十二支組は体のどこかに干支のひとつを彫っています。弥七を殺した犯人は?5千両の行方は?
おばかな「水戸黄門」も知的な「必殺仕置人」も悪者は最初から悪者として登場していますが「銭形平次」は下手人を伏せておいてそれを解明していく形ですね。「銭形平次」以外の捕物帳ジャンルは未読だから分かりませんが「水戸黄門」「必殺仕置人」とは決定的に違う本格ミステリーの形式はふまえていたのですね。
下手人は万七たちと一緒に十二支組を調べていた左利きの亥太郎!探偵が犯人という意外性!亥太郎が左利きであることは平次が亥太郎が左手に十手を持っていた場面を想起する映像で提示されますね。文字でなく画像だからさりげなく提示できる手がかりは金田一少年よりはるか前の銭形平次の時点から使われていたんじゃありませんか!しかし一緒に風呂にはいった八五郎は亥太郎は全身どこにも刺青はなかったといいます。平次は亥太郎の足元に銭を投げつけて足の裏を見せてみろ!と迫ります。足の裏!意外な隠し場所!5千両はどこに?ヒントは冒頭にありました。何かなかったら1日3回も掃除はしないだろう。隠し場所はお稲荷さんの下だ!
番組放送開始当初には本格ミステリーへの志向があったのではありませんか!
これだったらますますその子孫がルパン三世と対峙できるライバルであることに異存はありません。
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