形式:単行本
出版社:幻戯書房
ツヴァイクがユダヤ人であることから、神に対して敬虔な態度の持ち主かと勝手に思っていたが、短編『バベルの塔』で人類の探求心と連帯の精神を称揚しつつ、それを邪魔しようとする神との闘いも辞さない姿勢に意外性を感じた。
そういえば、放送部に好きな子がいたんだが、我輩が懸命にやった競技なのに、名前を間違えやがって、くそ!
やがて同行した少年は老人となり、侵略者から戻されて祖国の権力者の手に渡った燭台を追いかけるが、「自分を生かしておいた神の意志がなにかあるはず」と信じて皇帝に立ち向かって行く。この老人の行動が実にスリリングで、エンターテイメント的なところはまったくないにもかかわらず、目を離すことができない。いや仕掛けは十分エンターテイメント的なのだが、それに気がつかないほど内容が迫真的。これが信仰だ。
マイノリティとして生きる人々の心の支えとは言え、聖なる物にそこまでこだわることが正しいのかどうかは、考えてしまうところだが、理由を問いただすものではなく、どんな伝統社会にも大切なものはあるのだ。
あと、本作は解説と訳者解題にもかなり力が入っていますね。ルリユール叢書の作品はネットのnoteという記事発表サイトにて無料公開されているので、購入を検討されている方は、まずそちらのnote記事を読んでみて判断されるのが良いかもしれません。こういった出版社の心遣いも含めて、やはり完成度の高いアンソロジーになっている気がしますね。全ての読書好きの方にお勧め出来る良い本だと思います。
最後に一点だけ補足事項を。解説にも書かれていますが、基本的に本書は大昔にツヴァイク全集などから出た作品を収録しており、今ではどれも読むのが困難になっています。ただし、「第三の鳩の伝説」のみポプラ社の百年文庫「罪」のアンソロジーに収録されており、ツヴァイクの短編の中では比較的手に取りやすい作品となっています。他三作はやはり大昔の全集を漁る必要があると思うので、そういった意味でも本書はツヴァイク作品に触れる良い機会となる作品集だと思います。
この機能をご利用になるには会員登録(無料)のうえ、ログインする必要があります。
会員登録すると読んだ本の管理や、感想・レビューの投稿などが行なえます