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依存症と回復、そして資本主義 暴走する社会で〈希望のステップ〉を踏み続ける (光文社新書 1201)

感想・レビュー
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avantgarde4u
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スマホを制限しようと思って頑張ったら思いの外しんどくてああ依存症だったのだと思い、依存症の本をいくつか買った。タイトルは良い、内容は悪くはない、だけどやや大風呂敷かなあ。なんかまあまあ出来の良い修論みたいで謎に荒削りな感じがある。依存は怠惰ではなく苦しみへの対症療法なんだよなーと理解できたのはいつもの安堵と落胆(結局不可抗力だったなーと)。資本主義と依存症を結びつけ、バリの文化を引いて価値観の問題を指摘はいいけど、希望がやはり弱い。ダルクのことを力を入れて書いているけど、つながっても良くなるのは2割
avantgarde4u

だという。つながれない人を含めると、ダルク(自助グループ)で改善するのは相当に低い割合だろう。私も向いてないタイプである。宗教臭さ(ポリシーに納得がいかない)と支援者でもない知らない人たちが無理。向いてるのは男が多いんじゃないかな?生きづらさを乗り越える際に考えられる枠として個人、周囲との関係、社会、があるというまとめは当たり前かもしれないけど自分にも整理になってよかった。ただ結局私の場合は個人も人間関係も厳しくて社会が変わってくれるしかマシになると思えないし、それは私が生きている間には無理だろう。

03/01 13:15
avantgarde4u

根本的にはやっぱりどうしても「安心できる居場所と信頼できる人」が必要だがそれも期待していいものじゃない。もっとあきらめて、受け入れるしかない。自分の人生を受け入れるのは恵まれた人間ほど楽である。運である。やはり『宗教的経験の諸相』は一度読まねばなー。話が載ってた成瀬暢也氏と伊波真理雄氏(どちらも精神科医)も読みたい。

03/01 13:16
0255文字
ネギっ子gen
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【弱さから善さへと向かう意欲の物語(ナラティブ)】薬物依存の回復支援施設「ダルク」と依存症の回復を目指す共同体「12ステップ・グループ」における回復実践を考察しながら、人類の新たな共生のあり方を提示した新書。<現代には、さまざまな形での孤立があります。無数の人とコミュニケーションを繰り広げながらの孤立もあります。依存症もまた、苦しみを自分ひとりきりで処理しようとする点で孤立の一形態といえます。実際、今の自己のあり方や社会環境は人々を分断する力が強く、他者とつながることは誰にとっても難しいものなのだ>と。⇒
ネギっ子gen

【家族は孤立し傷ついているのに、それを共依存だと責めちゃいけない】成瀬医師は、<家族は責められないですよ。僕らがどこか冷めていて余裕をもってできることでも、これが家族相手だとそりゃあ一生懸命になるし、何かあったらどうしようと思うのは当然。だから、一生懸命になるのは責められないし、家族の労をねぎらことが第一だし、家族に余裕を取り戻してもらうために家族に関わるべき/患者の酒や薬物をやめさせる手段として家族を利用するというやり方には以前から違和感があります。家族を主役とした支援でなければならない>と。同感です!

10/25 12:48
ネギっ子gen

【回復像がズレたまま支援が進むことへの不安】精神保健福祉士の高澤さんの話。<「回復」という言葉は、本人、家族、支援者、社会一般で意味がかなりズレやすい言葉/時には働くこと、「普通」を求めること、能力以上のことを強いるような暴力的な側面も持っている/「回復」の定義が曖昧なままで、本来の意味の浸透が不十分なままで、「どんな依存症も必ず回復する」といったようなワードが独り歩きするのは結構怖い/「回復」というある意味聞き心地の良い言葉の使用には慎重になっていて、特に家族とは>「目標」を確認し、擦り合わせつつ進む。

10/25 12:50
4件のコメントを全て見る
0255文字
脚立猫
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ベイドソンの解釈とダルクの実践から、関係性の管理について考える本。人も社会も変わりにくいが、関係性は可変的、という設定は、日常にも生きるかもしれない。
0255文字
Oki
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資本主義の「資本の無限蓄積」をマルクスではなく、ベイトソンから論じようとしているのか。以下次号...という感じではあるが。 依存症への対処と似たところがあると言えばある。
0255文字
プリン大魔神
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ダルクのスタッフの方の「計画は立てるけど生き方としては今日一日ですよね。今日一日の積み重ねでいいわけだから」という言葉がよかった。不安になると未来の悪い想像をしがちな私だが、どうにもならない過去やどうなるか分からない未来に振り回されるのをやめて「今ここで、今日一日を精一杯生きる」ことを時々は思い出して、経済活動や競争を伴う活動とは違った面で日々の過ごし方を考えられるといいな。精神科医の先生方のインタビューも勉強になった。決めつけない、教育しようとしない(コントロールしようとしない)って難しいんだよな。
プリン大魔神

ただ結局「資本主義」にはどう繋がるのか、本文中では明記されていないような。本書全体に通底する「平安の祈り」の価値観とか、バリ島の事例が資本主義とは相反するなぁとは思った

08/15 22:16
0255文字
まるこ
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バリ島の話は衝撃的だった。 依存症になってしまう経緯がわかったところで、この世界を変えていくのは凄く難しい。けれども対策を練ることができる気がする。何か嫌な事があった時にこの本を読み返すと、きっと助けになってくれるだろうな〜 この世界を生きていくのは、本当に大変なんだなぁ。
0255文字
わさび
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ネタバレ現代の資本主義社会において、依存をめぐる行動はこの社会で必然的におこる行動パターンのひとつである。資本主義社会に生まれれば、好むと好まらずにこの社会のルールに従って生きざるを得ない。しかし、12ステップグループでは金銭を介さない人間関係が展開されてきている。知的障害や発達障害があるとグループに参加しにくい人もいるし、そのような人は学業、就職、金銭管理も困難が伴っているケースが多い。頑張ればできるのか?できること、できないことは何か?依存行動だけに着目せず、生きることを支えることが必要である。
0255文字
buuupuuu
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ベイトソンを援用して、依存症とその回復実践について、さらには現代社会について考える。依存症の根底には、自己制御への強すぎる志向と、競争的な対人関係とがあり、それが依存によって緩められているのだと考えられる。ダルクや12ステップ・グループでの回復実践においては、そのような自己制御の幻想を手放すことと、自己を大きな力に委ねることとが目指される。現代社会では、欲望の充足が先送りされ続け、行為がエスカレートしていく。回復を目指す共同体では、極端へ向かう衝動を抑え、現状を受け入れること、直接的な充足が求められる。
0255文字
田中峰和
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薬物依存症の支援団体ダルクは、覚醒剤の蔓延で注目を集めている。集団生活とミーティングが主なメニュー。本書ではその取り組みを取材し、丁寧に記録されているが、ダルクといえば「田代まさし」の名が浮かび、その効果に疑問をもってしまう。彼はマスコミにも頻繁に登場しダルクの活動をPRしていた。ダルクでは毎日の生活費を使い切り、覚醒剤を買う金を貯蓄させないという生き方が求められている。田代は覚醒剤中毒からの復帰をネタに経済活動を続け、ゆとりができたゆえの失敗だったのか。まさに資本主義の弊害を体現した人物といえる。
0255文字
rune
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ベイトソンの分裂生成理論を手がかりに、依存症と回復について考察した書。著者によれば、資本主義社会において、依存症は必然的に生じる現象である。現代の社会では、個人は「魂の司令官」として、報酬を最大化し苦痛を最小化するために、自らの意志で自己や周囲を制御することを要求される。しかし、孤独や苦しみを抱えた個人が、変えられないものを無理に変えようとすれば、依存症に近づく。反対に、依存症からの回復は、自己の限界をみきわめ、他者との適切な関係性のなかに身をおき、それを通して苦しみを減らすことによって達成されるという。
0255文字
カッパ
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【2251】本書の目的は依存症の理解を経由しながら、わたしたちの日々の行動と現代社会の傾向性をとらえなおすことである。とかかれている。もうひとつ目的は人類学者グレゴリーバイトソンの認識論の一端を紹介することだ。とかかれている。また、ダルクやAA、支援者の声も紹介されている。依存症の回復の難しさをさらに感じる1冊にもなった。
0255文字
あか
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依存症と資本主義という聞き慣れない組み合わせに惹かれて購入。ダルクにおける十二ステップやAAグループの活動・理念を主軸として、資本主義社会と依存症の関係、そして回復について記されている。 資本主義社会では、「このような行動をとったからこのような結果になった」というように、個人の行いと結果に重きを置く傾向がある。また、財産や権威など様々な価値が見出され、欲望があらゆる方向に分散する。その結果、人々はキャパを超えた願望を抱き、現実と理想のギャップに悩まされる。加えて、人と人との繋がりが希薄化しているとなれば、
あか

依存症が増えるのも頷ける。本書によると、依存症の回復には、変えられるものと変えられないものを適切に見極めて変えられないものに対する執着心を手放すこと、そして他者と適切な関係性を築くことが必要だ。ダルクやAAグループは、同じ依存症の人同士が対等な関係を持ち「弱さ」を共有できるため、自己認識の変容や安定した関係性の構築が期待できる。

08/04 00:01
あか

また、私自身が依存症患者の家族であるということもあり、家族の共依存や支援に関する内容も印象に残った。依存症の回復のためには、他者との適切な関係性が必要不可欠だが、身近な存在である家族は共依存に陥りやすい。本書では、「家族を主役とした支援」が必要というように共依存に陥る家族の心情にも寄り添った記述があり、救われた。本人にとって幸せで無理のない生活とはどのようなものか、家族も巻き込んだ上で考え、環境を変えていく必要があると感じる。

08/04 00:11
0255文字
中玉ケビン砂糖
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①依存症緩和のための第一歩はまず「死ぬ気で頑張れば自分で克服できる」という当事者の「思い込み」を改めさせることが何よりも重要だという。断酒会やグループセラピーの盛んなアメリカなどの先進地域と比べ、『「アイツはもう終わった人間だ」と後ろ指をさされるような身には絶対なりたくない』という世間の目に対する強迫が日本では著しく、一度アウティングしてしまったら元の社会に復帰するのが日本では極めて難しいという現状(悩ましい課題)。②一時期ワイドショーの見世物になったDARCの内情について簡潔に纏められているが、
中玉ケビン砂糖

③緩和のための治療法は整備されていないものの、経頭蓋電気刺激療法などが検証の段階にある。(ロボトミー的に)「電パチ」などと呼ばれ悪名高いかつての電気ショック療法のそれとは違い施術法が再検討されてはいるが、海外でもeスポーツ選手が集中力をリブートさせるためなどに用いるヘッドギア型ホビー・健康器具としてしか販売されておらず、安全性は甚だ疑問視されている。故に医療機器としても認可されておらず、選択肢の一つとなるにはおそらく相当の時を要するだろう。

07/03 18:46
中玉ケビン砂糖

④「共依存」の定義。精神医学における共依存とは(喩えが悪いが)「メンヘラ属性同士が惹かれ合って同棲などに至り、時に刃傷沙汰を起こす」程度の漠としたイメージしかなかったが、自分の認識に齟齬があった。この書においては依存症者当人と対をなすのは「この人が正常になるように自分がコントロールしなければいけない」(家族、配偶者、社会環境など)という強迫観念を持ってしまう人間を指している。迂遠な言い回しに留めるが、些末なケースであれば共依存の状態とは簡単に陥ってしまうものでもあるので他人事ではない、と思う。

07/03 18:47
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0255文字
shimashimaon
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グレゴリー・ベイトソンとその分裂生成理論について、初めて知りました。私の問題意識と親和的で興味深いです。資本主義社会では金銭、名声、地位や権力といった変数のいずれかと自己との同一化が起きていて、自分自身はそうした変数そのものではないのに、一つの変数の最大化に否応なく向かわざるを得ない。依存症という切り口ではあるが、その回復への取り組みは、真の自己から切り離された偽りの自己の自覚という意味で、万人に通じるものだと説きます。それは「弱さ」を認めることから始まる。無防備に曝け出してもいい環境は誰にも必要です。
0255文字
設定温度
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依存症から脱却するための支援を行っている団体に焦点を当て、現在の社会について考察を加えている。そもそもそういう団体がどのように活動をしているかも知らなかったため、非常に勉強になった。
0255文字
キク
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ダルクやAA(アルコール関連の自助組織)、NA(ドラッグ関連の自助組織)を通して、現代の生活と社会の有り様を考察していく。すごく優しく語られているけれど、その内容は痛い。ダルクのモットーである「just for today(ただ今日だけを)」が岸田アドラーと重なる。AAやNAが実践する12ステップは、「ダンス・ダンス・ダンス」で語られた「暗闇のなかでも踊り続けるんだよ。ステップをやめちゃ駄目だ」という言葉を思い出させる。「『自分を制御出来る』と思い込んでいることが最大の誤り」重いけど、その通りだと思う。
0255文字
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