形式:文庫
出版社:講談社
そんな中、権力者毛沢東の疑心が頂点に達し文化大革命が始まる。何百何千の人が刑罰や拷問で死ぬ中、産児制限が行われていなかったため二億人口が増えたという。生き死にの数の大きさに感覚が麻痺し始めたところで下巻へ。
1966年、走資派として両親が出勤しなくなってからも俸給は支払われていたp262中、p13下 造反派は、くみとり人夫を含むあらゆる職場の専門分野で優秀な働きをしている人々を攻撃した。ほんとうの理由は、仲間どうしのひがみで、革命の名のもとに、私怨を晴らしたp268中. 江青が文化大革命を進めたのは、私怨を晴らすためだったp285中
造反派を牛耳っている連中は風見鶏で、毛沢東信奉者でさえなかった。禅問答のようにとらえどころのない毛沢東のことばを自分たちに都合よく解釈してたp297中. 精神科で父は電気ショックとインシュリン注射の治療を受けたp317中
このところの習近平政権のやり口を見ていると、文化大革よ再びと言う懸念があります。政権の中に理性的に判断する人がいてくれることを願うばかりです。
あたびーさん。歴史は繰り返す…人はそうそう変わらない…この本を読んだ後だと怖い言葉です。今はSNSもあるし海外に住む中国人も多いのでこんなに酷くはならない、と思いたいです。
毛沢東はその中国人の純真さを巧みに利用したとも云える。優れた芸術家たちも、無知な学生の批判に巻き込まれ、多くの死傷者を生んでしまった。 今にして云えるのは、ぼく自身も日本の無知な学生だったことである。 1967年の東大闘争も無謀な行為だったが、渦中では日本の正義のために戦っている気分でいた。 今は古書でしか手に入らないが、1960年代には岩波文庫に毛沢東の『矛盾論・実践論』が所収されていた。 18歳になった直後にこれを手に取ってヘーゲルの二律背反を解りやすく解説した毛沢東に敬意を感じていたものである。
それから2年もしないうちに、その敬意が揺らぐのを感じていた。 最初は偉大な試みだと思っていた文化大革命だが、『子夜』で知られる茅盾が批判の対象になったからだ。 茅盾は『霜葉は二月の花に似て紅なり』を最初に読み、現在でも中国は小説にロマンを内在させているのを知り、今後の豊かな芸術活動の芽生えを感じてさえいたのだ。 ※日本での初出時は『紅葉は赤い』だったように記憶している。 芸術を否定した活動に、「文化大革命」なる呼称が合うはずがないが、頭に血が昇ったもの、特に若者にはそれが見えなくなるものなのである。
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