形式:その他
出版社:情報なし
おふでさき、にこう書いてあると言う。「世界中、一列皆兄弟や、他人と言うは、更にないぞや。」すなわち、あらゆる人間は兄弟同胞であるから、その兄弟同士が互いに相手を武器で殺そうとしているときに、片方の勝利を親神に祈ることなどは、本来、許されるべきことではなかったからである。こんなことは、本を読まず内省しない人には理解できないだろう。ダスカロスの内省と同様のことをここでは、自己の胸しらべ(心の裡の吟味反省)と書かれている。
ほんみちの信者の子供は高校進学をせず、中学を出たら信者になると言う。また、信者は月の何日かは作業所で働くために職業が制限されてしまっている。宗教の歪んだ姿だ。これが「ほんみち」の現在の状況。 付記 ひとたび教団が現れれば、ブッダはおしゃかだ。宗教が建つのは、いつも必ずひとりのブッダの屍の上なのだ。(ラジニーシ)
また天理教は神仏分離する以前の日本の民間信仰の要素が詰め込まれているように感じたので深く掘り下げたい。
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おふでさき、にこう書いてあると言う。「世界中、一列皆兄弟や、他人と言うは、更にないぞや。」すなわち、あらゆる人間は兄弟同胞であるから、その兄弟同士が互いに相手を武器で殺そうとしているときに、片方の勝利を親神に祈ることなどは、本来、許されるべきことではなかったからである。こんなことは、本を読まず内省しない人には理解できないだろう。ダスカロスの内省と同様のことをここでは、自己の胸しらべ(心の裡の吟味反省)と書かれている。
ほんみちの信者の子供は高校進学をせず、中学を出たら信者になると言う。また、信者は月の何日かは作業所で働くために職業が制限されてしまっている。宗教の歪んだ姿だ。これが「ほんみち」の現在の状況。 付記 ひとたび教団が現れれば、ブッダはおしゃかだ。宗教が建つのは、いつも必ずひとりのブッダの屍の上なのだ。(ラジニーシ)