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作り話をつぶやきました。

『悪銭』 
トピック

リント (戊乱 凛斗)/MMM団さすらいの諜報担当兼専属上級皿洗い
2017/10/12 23:51

その日俺は行きつけの飲み屋で、妙に楽そうに酒を飲む男を見た。
年の頃は50代前半、身なりもそれなりに良い紳士然とした見た目であったが、とにかくその「ご機嫌」な様子が非常に印象的だった。
とにかく誰かに何かを話したくて仕方ないという顔をしていたので、こちらからそれとなく水を向けてみる。
すると、待ってましたと言わんばかりの満面の笑みを浮かべ、男がこちらに顔を向けた。
「…アッ、しまった、何かの自慢話かもしれない、何をやっているんだ俺は…。他人の自慢話ほど酒が不味くなるモノはないのに…!」
心の中で悔いてももう遅い。自分が撒いた種だ、ここは付き合うしかないだろう。
男は俺の横に座り直すと語りだした。
「…ちょっと聞いてくれますかお兄さん、私はね、私は褒められたんだ…。 フフフ、そう、褒められたのですよッ!!」
ああ、やっぱり自慢話か… がっくりと肩を落とした俺は危うくその男の次の言葉を聞き逃すところだった。
「私は悪魔に褒められたんだよ…」
「え? 誰に…?」
「だから悪魔ですよ! ククク、お兄さんは悪魔を見た事がありますかな…?」
うわッ、こいつアホか? 何を言い出すかと思えば…悪魔だと? 
俺はわざと自分の今の顔を相手に見えるようにした…。そういえば昔、上司から「お前は感情がすぐに顔に出るタイプだ」と言われたっけ…
しかし男はそんなことにはお構いなしに話し続ける。
「…まぁいいから聞きなさい、その悪魔は自分が自由にできる想像を絶する莫大な資産を保有していて、それを困窮する者に与える事を喜びとしているらしいのです…」
「へぇ~、そう? で、どうせ『…代りにお前の命をよこせッ グハハハハーッ!』…とかいっちゃうんだろ?」いいかげん興味を失いかけた俺は酒の入ったグラスを回しながらぞんざいな口調で言った。
「…いいや、違う…、違うんだッ! …私は真面目な話をしているのに! 聞きたくないならもうやめようか!?」男は急に語気を荒げた。
「え? あ、ああ…イヤ、これは失礼、真面目に聞くよ、続けて…」
「…この資産を得るには幾つか条件がある。 まず希望すれば10年間に渡り幾らでも金を得る事が出来るが、それは必ず使い切らなければならない。つまり手を付けずに貯めておくことは出来ないんだ、使わなければ取り上げられる」
「ふーん… 他には?」
「10年後に明かすまで、その金の出処や由来を聞いてはいけない…。だが時が来たら必ず全てを知らなければならない…」
「…なるほど、面白いね。でもその『全てを知らなければならない』というのがどうも引っ掛かるな…」
「…そうだろう? どうやらその金は、人類が想像し得る最悪の、そして正真正銘の『悪銭』ということらしいんだ…」
「ほぉ、なるほどね…。有史以来、人間の悪行の果てに積み上げられたおぞましき『悪銭』というワケか… で、アンタは契約を受け入れたのか?」
「…まさか、断わりましたよ、そんな金で幸せになれるはずが無い! それで悪魔に褒められた、『欲深い人間が多い中で見上げた心掛けだ』とね。 しかし…」
「ん? しかし…?」
俺はまだ自分の手元にあるグラスを眺めていたが、男の口調が急に変わったことに気が付いた。
「…しかし結局この男は後で前言を撤回した、愚かにも…。 そう、今からちょうど10年前に我の申し出を受け入れたのだ!!」
「は?」
「…そして10年後の今日、約束通り『悪銭』の由来の全てを知らされて、そのあまりの醜悪な実態とそんな汚れた金を使い続けた事を後悔し、1時間ほど前に隣のビルの屋上から飛び降りて、自ら命を絶ちおったわ…」
「え? ちょっ、ア、アンタ誰…?」全身から血の気が引き、俺は震えていた…。
隣から獣が低く唸るような声が聞こえた。 

――我はお前たち人間に「命をよこせ」とは言っていない、金に目が眩んだお前たちが勝手に命を捨てているだけだ――

END

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