読書メーター KADOKAWA Group

作り話をつぶやきました。

【絶望という名の希望】 日向永遠
トピック

2018/01/06 09:18

家族に先立たれた悪夢のような事故。一人残された家。男手一人での生活に嫌気がさしていた。職場での人付き合いも、空々しく感じていて、言葉は素通りしていく。
死のうと思い、荒波が打ち寄せる自殺の名所の岬に着いた。昼間に下見しておいたので暗くても大体の場所は覚えている。しかし、小石に躓き、足首を捻ってしまった。ずきずきと痛む。そこにしゃがみこんでしまった。這って進んだ。岩をつかみ、痛む足を引きずり進む。先の方から波が砕ける音が聞こえる。もう少しだ。顔をあげ進む。岸壁まであと十メートルくらいまできた。時折、波の飛沫が体にかかるほどになった。この痛みも波の冷たさも、そして勿論、今までの世界も無常ももうすぐおさらばだ。世界との決別。それが今の望み。希望。その希望だけをたよりに進んだ。足の痛みが、今まで生きてきた、世界を象徴しているかのように苛む。しかしその痛みから逃れる事が、もうすぐ出来るのだ。ただ、耐えていた今までとは違う。この一歩こそが希望なのだ。

 突然、声が聞こえた。
「小父さん、死にたいの」顔をあげ闇を透かし見る。すると少し先の岩の影から少女がのぞいているのが見えた。大人とも子供ともいえない年齢。長い髪が顔の半分を隠している。鋭く美しい目が刺すように見据えている。ぞくりとした感覚が背中を走る。体温が下がるのが分かる。
「小父さん、死にたいの?」少女が再び問うた。言葉を失った私はただうめくばかりだった。少女が近づいてきた。そして、私の右手を無造作に踏みつけた。痛みが足から掌に走る。「この痛みが死に近づく事になる?」少女は酷薄な笑みを浮かべている。痛みの中でもその美しさで麻痺しそうだった。「これは人助け?」踏みつけた足にこねるように体重をかけてきた。 飛沫なのか涙なのか滲んで見える少女の右手にははっきりと傷跡があった。「私の右手と同じにしてあげる」さらに力がこもる。自分の右手が不気味が音をたて砕けた。激痛に意識が遠のく。「どうせ、死ぬんでしょ?」少女は壮絶ともいえる笑みを浮かべる。「君は誰なんだ」自分のうめき声は蚊の様に小さい。「君は誰なんだ?」叫ぶ。
今度は聞こえたようだが少女は無言で足に力を込めた。足を挫いているとはいえ何故抵抗しないのか。突然、疑問が沸く。右手から突然、重さがなくなった。次は頭だった。全体重をかけ顔を踏まれる。靴底がゴム状だったのが幸いだが、それでも激痛だった。「これで死ねる?」少女が凄む。意識が遠のくなかで少女の顔をもう一度見たいと願った。一瞬、見えたその顔は妖精の様に美しかった。そして意識をなくした。

 気が付くと自分が目の前にいた。岸壁の石くれのうえに横たわっている。目の前の自分はしかし死んではいないようだ。もぞもぞと動いている。恐る恐る、足元をみる。その足はさっきまで自分を踏みつけていた少女の足だった。入れ替わったのか?
(違うよ。目の前のこの男は私じゃない。入れ替わったりしてない。あなたが私に取り込まれただけ)目の前の自分はゆっくりと崖に近づいていく。そして、そのまま奈落に落ちていった。少女(自分)は、崖にある岩陰のくぼみに入った。そこに座ると外界と隔絶された。(つぎの自殺者を待つのが私の役目、死を与えて、死を見つめることが私たちの役目)(生きているのか?自分は?)(死ぬことはできないのさ)少女と自分の意識の会話は続けていくうちにどちらがどちらとも区別がつかなくなっていった。絶望と希望が入り混じった。
(了)

このトピックのコメント

データの取得中にエラーが発生しました
このトピックのコメントはありません
新着
参加予定
検討中
さんが
ネタバレ