偽りの帝国騎士と白雪百合の巫女 ーリューティエスランカ帝国建国秘話ー
第1章 消えた白雪百合〔ヴァイスシュネーリーリエ〕の行方
第1話 花の精霊〔ブルーメ・フィー〕
’20(R02)年12月22日 修正
月明かりが照らすのは花が咲き揃う庭園。
小さな淡い光がふわふわと漂う。
『ーー様はどこに……』
くるくると舞うように動く小さな光は二つに分かれる。
『……本当にいるのかな』
淡い光から小さな姿が二柱、見えていた。白い衣装をまとった精霊はある花に吸い込まれていく。
薄暗い中でもたくさんの花が咲き誇り、こぢんまりとした規模の庭園を引きたてていた。
************
静かな庭園に男性が一人、御者席に座り、荷車でやってくる。花壇の前に荷車をつけた。
男性はおもむろに箱の一部の壁を静かに取り外す。幼い女の子が眠っているのを確認すると仕事道具を音を立てないように気を付けながら下ろした。男性は箱の上に手を掲げる。
男性の前に淡い光が集まると白い衣装を身につけた小さな精霊が四柱、姿を現す。
『いつものようにですね』
『あぁ、頼むよ』
精霊たちは何かを感じている。
『ここにいる他の精霊たちも、いつになくそわそわしておりますね』
男性も頷いた。
『あぁ、それはそうだろう。花の精霊たちだけでなく、私を含めた園丁たちもそれを感じているはずだ。今年はよりいっそうの仕事を求められている』
男性は目の前にある庭園を見渡す。
精霊の一柱がふわふわと浮かび、男性の目の前で止まる。
『今年は皇帝陛下の主催のお披露目が開かれるのでしょう』
『その予定だよ』
『私たちの小さな令嬢(フロイライヒェン)はお披露目しないの?』
下にいた三柱の精霊も最初にいた精霊の隣に並び、くるくると舞う。
『舞踏会もあるのでしょ?』
精霊たちは男性に詰め寄る。
『舞踏会は陛下に謁見した、次の日かな』
『私たちの先輩花たちが教えてくれたの』
男性は精霊たちの質問に暫く沈黙した。
『…………すまないね。娘はまだこの通り幼い。お披露目の基準年齢に達していない訳だよ』
男性はお昼寝中の娘を見つめ、頭を撫でる。
『お披露目には年齢も関係あるの?』
『それは当然だよ』
精霊たちはそれぞれ疑問をぶつける。
男性は話を続けた。
『私は貴族名鑑に名を連ねるような身分を持ち合わせてはいないからさ』
『貴族でないとお披露目できないの?』
『そういうこと。貴族の身分を有しないとね』
『貴族ならどのような爵位でも良いの?』
精霊たちはふわふわと舞う。
『そういう訳でもないかな……』
男性は考え込みながら、告げた。
『一代貴族として知られているのは従騎士だ。この爵位を私も陛下から拝受することが叶った。私の場合、あくまでも名ばかりには変わらない。私は今まで通り、一介の園丁だ。娘もお披露目に招待されるような資格はないよ』
男性は精霊たちの要望を否定する。
『お披露目は皇女殿下や貴族令嬢たちが婚姻可能な年齢に達し、成人したことを国内外に知らせるために開催される国を挙げての通過儀礼だ』
『……つまらない』
精霊は呟いた。つられるように他の精霊たちも続く。
『私たちを守護に持つ令嬢がお披露目できないなんて、陛下の目も節穴ね』
『そういうことを公では言わないこと。良いかな』
『は~い』
精霊たちは集まって相談し、それぞれがふわふわと動いている。
男性はため息を吐く。
「娘を苦労の絶えない表舞台に出したくはない。それによる苦労もかけさせたくはない」
男性は言い切るとしばらく沈黙する。
『すまないが、いつものように娘のことを頼むよ』
『畏まりました』
四柱の精霊は一礼する。ふわふわと舞いながら持ち場に戻っていった。
男性は仕事道具を持つと花壇に向かい、もくもくと仕事をこなしていく。
第2話 男の子と白い花
’20(R02)年12月22日 修正
男性が寡黙に仕事を続ける庭園には、小さな客人が姿を見せる。
男の子はゆっくりとした動きで歩いたり、立ち止まったりを繰り返している。一度、そこに留まると時間を忘れてじっと何かを眺めているようだ。
男の子は辺りを見回して、人を探している。男性の姿を見つけると駆け寄って来た。
「あ……あの……、お仕事中、すみません。園丁さん(ヘル・ゲルトナー)」
男性は人の気配に気づき、手を止めた。声の聞こえた方を向くと男の子に目線を合わせる。
「私に何かご用ですか」
「はい。あの……こちらの庭園のお花を少し貰っても良いですか?」
「えぇ、構いませんよ」
男性はあることに気づく。
「どのようなお花をお望みですか」
「あの……白い、お花をください」
男の子は男性がお花を出してくるのを待っていた。
「白いお花ですか」
男性は考え込む。
「そうですね。今の時期はお披露目の祝賀行事に併せて、華やかなものから清楚なものまでいろいろと咲き揃っておりますよ」
男の子は何かを考えている。
「あの……、そういう華やかなものはお披露目に招待されているお方のためにお願いします」
「左様にございますか」
「はい。僕は自分の部屋に飾りたいだけなので、ふつうのこぢんまりとしたお花をください」
男の子は精一杯の言葉を紡ぐ。
「畏まりました。ご要望は白いお花でしたね」
「はい」
男の子は頷いた。
男性は仕事道具から剪定鋏を持ってくる。花壇で幾つかの白い花を選び切り出していく。茎を紐で括り、持ちやすいように整えた。
男の子は嬉しそうにこちらを見ている。差し出された花をじっと眺めていた。男性のことを見上げる。
「あの……。ありがとうございます」
「いいえ、これが仕事ですから構いませんよ」
男の子はしばらく考え込むと話を切り出す。
「白いお花でこのような感じのお花はありますか」
「……どのようなお花ですか」
男の子は手のひらを差し出すと空間にある花の絵を投影させる。
幾つにも重なる花びらが漏斗状になる特徴を持つ、小輪の真っ白な百合ーー。
「このお花はーー」
男性はその花に驚き、男の子が投影したものを慌ててかき消す。
「あ……、消えた」
男の子は突然のことにびっくりし、言葉を失う。
男性は男の子の頭を撫でる。
「怖がらせて申し訳ありません」
「……あ、ちょっと……、少し驚いただけです」
男性は腰を落として、男の子の目線に併せた。
「先ほどのお花はこの庭園だけではなく……、現在はこの国のどこを探しても存在しないことになっております」
「……そうなの……」
「その花は帝国を揺るがせた禁忌の事柄に触れ、皇帝陛下の勅令に属すもの故にご勘弁をーー」
男の子は手招きし、男性の耳のそばで囁く。
「巫女長が神殿以外では、この北離宮〔ノルデンルフトシュロス〕の神殿に近いところにある庭園と、とある場所にはあるはずって教えてくれたの」
「……はい?」
男性は神殿を司る巫女長のお教えに驚きを隠せない。
(「…………あのお方は禁忌の花の存在を気軽にお教えしないでほしい」)
男性は困惑しつつも、聞かなければならないことに気づく。
「……その、もう一つの場所を巫女長から教えて貰いましたか」
男の子が今度は沈黙する。
「そちらは……とある場所としか、聞いてません。何度も聞きましたが、巫女長は教えてくれませんでした」
男の子は肩を落としている。
男性はもう一度、男の子の頭を撫でた。
「お探しのお花は白雪百合〔ヴァイスシュネーリーリエ〕というものです」
「白い雪のような花だから、その名がついたのですか」
「そうです」
園丁は言葉を選んでいた。
「今から七百年ほど昔、帝国南部に領地を持っていたある辺境伯が隣国のグラウシェレ王国に突然侵攻したことから始まった愚行をご存知ですか」
男の子はしばらく考え込む。
「愚行………、グラウシェレ侵攻……」
男の子は話を続けた。
「神殿の敷地内に建立されている慰霊碑〔マーンマール〕に帝国最大の愚行と刻まれているあの出来事のことですか」
男の子は沈黙した。
男性が話を続ける。
「そのグラウシェレ侵攻を起こした一族が使用していた紋章がその花、白雪百合です。エーヴァルト一世陛下が重大事案故に白雪百合の紋章を使用することおよびその花を栽培を禁止する勅旨を発布したことから、存在そのものが禁忌として知られることになりました」
「白雪百合の花が咲いていることを明かせぬほどの禁忌……」
男の子は驚く。再び沈黙していた。
「えぇ、聞き出せなかったもう一つの存在場所、そちらは知らない方が良いですよ」
「……それほどのものなのですか」
「名を出すのも憚れるほどですから……」
男の子は男性の言葉でその意味を悟った。
「ーーわかりました。すみませんが、その花のことは聞かなかったことに……していただけますか」
「はい、構いませんよ」
「切り出して貰ったお花、ありがとうございました」
男の子が花束を抱えて帰ろうと踵を返す。
第3話 女の子とお花畑
’20(R02)年12月19日 修正
眠っていた女の子が目を覚ました。父親の姿を探し、荷馬車から降りる。人の姿を見つけると歩き出した。
****************
声が遠くから聞こえる。パタパタという音と共に近づいて来た。
「おにた!」
声の主が男の子を必死に呼び止める。
「おにた」
声の主は男の子の服を掴んでいた。
「ん? ……おにた?」
男の子は服を掴んだままの声の主を見下ろしてい。
「おにた」
「ごめんね。僕は君のお兄さんではないよ」
男の子は先ほどの男性がしてくれたように女の子に併せた。
「おにた、いちゅきちゃにょ」
幼い女の子は小さな両手を広げ、笑顔で告げる。
困惑したまま沈黙していた男の子だった。
「……おにた、どちた?」
女の子はきょとんとして見上げる。男の子が持っていた花束に目を奪われた。
「おにた、そにょ。おはにゃ」
「あぁ、この花は部屋に持って行こうと思ってね。先ほど切り出して貰ったものだよ」
「いにゃ。おはにゃ」
女の子は踵を上げて、花束を見つめていた。
「お花が見たいのかい?」
女の子は笑顔で頷く。
「おにたのおはにゃ」
「これはここで切り出したお花だよ」
女の子が跳び跳ねている。
「みしぇちぇ」
男の子は持っていた女の子に花束を差し出す。女の子は花に見入る。
「おはにゃぱたけ」
「お花の咲く場所か……」
「とうしゃま、ここ、おしこちょ」
「そうか。ここが持ち場だったね……」
男の子は悩む。
「華やかもの、清楚なもの……」
女の子は首を傾げている。
男の子は皇帝の庭で見てきたものを手のひらの上に投影させた。鮮やかな色が百花繚乱のような景色を浮かび上がらせる。
「こういうのだよ」
女の子は小さな手を出し、花を映し出す。鮮明ではないその花は、例のものだった。
「あにょね。ここ、しゃいてにゃいにょ。おはにゃ、みちゃい」
男の子はどうするか、悩み続ける。女の子の空いていた手を取り、ゆっくりと歩く。
「すみません。これから北離宮に寄ってお花畑に行って来ても良いですか」
「北離宮から行けるお花畑ですか」
男の子は女の子の方を向く。
「えぇ、この子が僕と同じようなお花が見たいそうですから、少しだけ伝を頼って来ます」
「おとうしゃま、おはにゃ。おにた、いっしょ、みゆにょ」
女の子は何度も跳んでいる。
「それと……、神殿までこの子を歩かせるのは問題なので、北離宮からちょっと馬車を出して貰います」
「……この子のために馬車ですか」
「えぇ、ここから神殿の建物が見えていて近そうに感じますが……、子供の足では意外に遠かったりもします」
男性は目的地の神殿を眺め、悩む。腰を落とす。
「ローミィ、今日でないとダメかい?」
「とうしゃま。おはにゃ、みちゃい」
女の子は男性に笑顔で告げる。
男の子は遠くから聞こえる何かの音に気づく。
「あ、あの……お花畑の散策を終えたらこの子をちゃんと送り届けます」
男の子は声をかけると花束を持っている女の子を抱えた。
遠くから声の主が次第にハッキリと、近づいて来ているのがわかる。
「少し所用を思い出したのでーー。すみません」
男の子は女の子を抱えると男性に有無をいわせず、慌てるようにこの場を去っていった。
異変を察知した精霊たちが二人は追うように慌てて飛んで行く。
男性は黙って見ている。
「守護の精霊たちも警戒していなかったし、先ほど慌てるようについて娘に行ったようだから大丈夫だろう……」
北離宮がある方角を見据え、見送った。
第4話 園丁の正体と第一皇子の所在
’20(R02)年12月19日 修正
男性は何事もなかったように仕事を続けていた。
声が聞こえてくる。
「殿下ーー! 」
「フリードリヒ殿下ーー!!」
揃いの服を着た男性が数人、物々しい雰囲気を醸し出しやって来た。
「こちらの方でお見かけしたという報告だったが……」
一人の男性が数人の男性に指示を出していた。
「ビスマルク卿、こちらにはいらっしゃいませんでした」
各所に散らばっていた男性が戻って来ると同じ報告が続く。
ビスマルクと呼ばれた男性が肩を落とす。
「そうか……。こちらにも殿下はいらっしゃないようだな……。困ったな」
男性は見知った顔の御仁に気づき、声をかけた。
「仕事中にすまない。宮廷園丁頭〔オーバーホーフゲルトナー〕」
「ビスマルク卿」
男性は仕事を止め、立ち上がる。
「申し訳ありませんが、そちらの位は何度も辞退を申し出たはずにございますーー 」
ビスマルクは咳払いをした。
「貴殿が例の愚行、その一族の直系に連なる血を引いていることは私だけではなく、陛下も承知の上だ」
ビスマルクは男性を見据えた。
「ビスマルク卿。今もこうして帝都に赴き、問題なく仕事をしていることをよく思わない者もいることでしょう。その血を引いているからこそ、地位に関しては辞退を申し出ているのです」
「五大公爵家も認めるほどの技能を持つ貴殿を逃すはずもないだろう。陛下は貴殿の技量にあった地位を用意した。それだけだーー」
ビスマルクは言い切った。
「そういえば、どうかなさいましたか。ビスマルク卿」
ビスマルクは人探しをしていたことを思い出す。
「すまないが、第一皇子であるフリードリヒ殿下のお姿を見なかったか」
園丁はビスマルクの話題を地位のことから変えていく。
「フリードリヒ殿下ですか……。殿下は本日お見かけしておりませんし、こちらにもお出でになられておりません」
ビスマルクは行方の分からない皇子の所在を心配している。
「そうか……。まったく困ったものだ。しかし……、殿下の脱走癖はどなたに似たものなのだろう……」
ビスマルクはため息を吐く。行きそうな場所はすべて捜索済みだ。これ以上探すあてはない。
「いったいどこにお出でなのだろうな……。殿下はーー」
「ビスマルク卿、我々はさらに捜索を続けます」
今まで園丁との話を静観していた者たちだった。
「すまないが、頼んだよ」
ビスマルクは部下を見送る。
第5話 通過儀礼と園丁
’20(R02)年12月19日 修正
ビスマルクは園丁の男性に声をかける。
「今年の庭園も百花繚乱のごとく、見事だな」
「今年はお披露目の儀がありますからね」
「そうだったな……。そういえば、今年はなぜか招待客が多い。こちらも大忙しだよ」
ビスマルクはため息を吐く。
「ビスマルク卿。今年は五大公爵家として名を連ねるローゼンシュタイン公爵家、ブラウシュタイン公爵家、ヴァイスシュタイン公爵家、シュヴァルツシュタイン公爵家、グリューネシュタイン公爵家だけではなく主だった貴族の令息や令嬢が揃う予定とお聞きしております」
「そうか……。ローゼンシュタイン公爵家の園丁筋からの情報か……」
ビスマルクは忙しい理由を知り、納得した。
「左様にございます」
男性は姿勢を正す。
「ビスマルク卿。私どもはお披露目の招待客の目に留まらぬよう、前々日までには退出する予定となっております」
ビスマルクはふとある記憶が甦る。
「手入れは公爵家の園丁が行っていることになっているのだったな」
「はい、公爵閣下のご厚意で面倒をおかけしております」
男性は一礼していた。
ビスマルクは伝言を思い出す。
「あぁ、忘れるところだった」
「何でしょう」
「陛下が用事が終えてさっさと退出せず、少しは顔くらい出せと仰っておられたので、伝えておくよ」
「ビスマルク卿、そちらはご勘弁をーー」
男性は慌てている。
ビスマルクは思い出したようにさらに告げる。
「そうだ。もう一つ、巫女長や神官長も神殿の庭園に咲く花の礼を言いたいから、顔くらい出せと仰っておられたぞ」
「……ビスマルク卿、それはご命令ですか」
男性は拒否権がないことを知る。
「あぁ、命令だ。改めて、日時と時刻を告げる。受け入れてくれるなーー」
ビスマルクは男性の肩に手を乗せ、念を押す。
「御意に従いますーーとお伝えください」
男性は降参した。
第5話 北離宮〔ノルデンルフトシュロス〕
’20(R02)年12月26日 修正
男の子は女の子を連れ、北離宮に向かう。キョロキョロと周辺を見渡している。その挙動がおかしい。
北離宮の建物が見えてくると男の子は表玄関を通り抜け、通用口へと向かう。
外で仕事をしていた一人の男性宮務官に声をかける。
「クライン。仕事中すまないけど、神殿まで馬車を出せないか聞いてもらえないかな?」
「馬車ですか?」
男性宮務官は手を止め、声のするほうを向く。声の主に驚き、慌てて姿勢を正す。
「これはフリードリヒ……」「◇◎◆○●□▼▽△」
フリードリヒは男性に被せるように声を出し、ローミィの後ろで必死に制止している。
ローミィはきょとんとして、二人の方を見上げた。
何かを察した宮務官は咳払いしつつ、改めて続ける。
「フリードリヒ様。馬車の件は神殿に使いを出し聞いて参りますので、いつものお部屋でお待ちください」
「頼んだよ」
フリードリヒは宮務官を見送ると通用口から北離宮に入った。いくつもある客間の一つに向かう。扉を開けると置いてある長椅子に座った。
「おにた、おはにゃぱたけ」
「これからお花畑に馬車で行くよ」
「おうましゃん」
「そう。お馬さん」
女性宮務官がやってくる。
「フリードリヒ様、いつものでよろしいでしょうか」
「今日は飲み物を二つ」
「畏まりました」
しばらくすると女性宮務官がワゴンに飲み物と軽食を載せ、二人に出していった。
宮務官のクラインがやってくる。
「フリードリヒ様、そちらのお嬢様をお預かりしてもよろしいでしょうか」
「問題でもあるのかい?」
「奥院にある庭園も神殿の神域です。お嬢様のお姿では門前払いの可能性もございます」
「…………あぁ、忘れていたけど庭園も神域だったな。分かった。クライン、任せるよ」
ローミィは女性の宮務官に連れられていった。
応接間に残されたフリードリヒは飲み物に手を伸ばしている。時間をもて余しつつ書棚から本を取ると、長椅子に座り読み出す。
*************
暫くしてローミィの支度が終わり、女性の宮務官に連れられて戻って来た。
長椅子ではフリードリヒが数冊の本を並べ、読み耽っている。
ローミィは床に下ろしてもらっている。
「フリードリヒ様、ローミィ様の準備が整いました」
宮務官はフリードリヒに声をかけるが返答がない。
「フリードリヒ様」
声に気づいたフリードリヒが顔を上げた。
「あぁ……、すなまい」
ローミィは歩み寄り、フリードリヒを覗き込む。
「おにた。にゃにしちぇ」
「本を読んでいたよ」
「にゃんにょほん?」
「我が国、ラゲストゥーエ帝国の歴史」
「くににょれきし……?」
「そう。初代皇帝フリードリヒ一世陛下が即位する前から、今までの歴史について記されたもの」
「フリー……ドリヒ、いっしぇいへいきゃ」
ローミィはフリードリヒを見上げた。
「おにたみょ、フリー……ドリヒしゃん。へいきゃのにゃみゃえ……とおにゃじにゃにょ?」
フリードリヒはローミィの頭を撫でる。
「……そうだよ。畏れ多くも初代皇帝フリードリヒ一世陛下の御名ヴィリバルト・フリードリヒと同じ名前だよ」
フリードリヒは暫く沈黙する。
ローミィは着ている服をじっと見つめた。
「おにた、こにょふく。きれいにゃ。ローミィ、きちぇちぇ、いいにょ?」
フリードリヒはローミィの疑問に答える。
「これからお花畑に行くためにちょこっと寄らなければならないところがあって、そのためにね」
「いいにょ?」
「そう。家では誰も着る人がいなくて、古着屋に卸すものから何点か許可を得ているこちらに置いてあるそうだよ」
ローミィは笑顔になった。
「おにた、くるくるしちぇみょ。いい?」
「くるくる?」
ローミィは長椅子から降りて回って見せた。
「くるくる」
フリードリヒは思い出した。
「あぁ、そういえば……妹も新しい服を着た時にくるくるをやってたな、良いよ」
ローミィがお辞儀をしようとしているのに気づいたフリードリヒは立ち上った。
転びそうになったローミィを抱き止める。
「くるくる、楽しいかい?」
「はい」
ローミィは笑顔で頷く。ふわふわと光るものがローミィのまわりで同じように白い服の裾を持ってくるくると舞う。
『くるくる』
『お披露目の舞踏会~』
精霊たちが舞う。
『……楽しいかい?』
精霊たちは驚いて動きを止める。
『私たちが見えるの?』
『あぁ、見えるよ。君たちは花に宿る精霊かい?』
『そうよ。私たちは……とある百合〔リーリエ〕の精霊なの』
『そうかい。お披露目の舞踏会、今年は五日後のはずだよ』
『五日後……』
精霊たちは肩を落としてふらふらと浮いている。
『見たい。どうしても見たい』
『お披露目の舞踏会に参加するには、帝国宮内省が発行する正式な招待状が欲しい。それが決まり』
『お披露目の舞踏会、見たい』
精霊たちはふわふわと漂っている。
フリードリヒは考え込む。
『う~ん。私たちの年齢だと、舞踏会大広間上の隠し部屋や隠し通路辺りから見つからないように見るくらいしかないかな……』
精霊たちは目を輝かせている。
女性の宮務官はワゴンに菓子と飲み物を載せ、やって来た。
フリードリヒはローミィを長椅子に座らせる。
「新たにお持ちしました。お二人です」
「……ローミィみょ、いいにょ?」
「どうぞ」
ローミィはコップに手を伸ばしていたが、取れないでいた。
フリードリヒが飲み物を取り、手渡す。
「ありちょ」
「焼き菓子も食べるかい?」
フリードリヒは小皿を寄せた。
ローミィは手に取った一枚の菓子を口に運ぶ。
「おいちい」
笑顔を見せるローミィはもう一枚と手が伸びていた。
「美味しいかい」
「おいちい」
男の子も残っていた一枚を食べる。
「これは隣国ブルーメエルト帝国からの献上品だね」
「けん……」
「う~ん、おみやげのようなものかな」
「おいち」
ローミィは頬張る。
支度で疲れたのかローミィは長椅子でうとうとと睡魔に誘われていく。
宮務官が空になった食器を下げるために出入りしていた。
「クライン。焼き菓子、余っていたら少しもらって良いか」
「構いませんよ。後で食べれるように何枚か包んでおきましょう」
クラインは一度下がり、紙に包まれた物を持ってきた。
しばらくすると別の宮務官がやって来る。フリードリヒのそばで声をかける。
「フリードリヒ殿下、神殿から迎えの馬車が到着しました」
「あぁ、ありがとう」
フリードリヒは頷く。立ち上がるとクラインの顔を見上げた。
「そういえば、クライン。通用口で名を呼ばれた時に遮ってすまなかった」
「殿下の敬称が事情は察しましたので大丈夫です。こちらのお方もご一緒に神殿に参られるのでしょうか」
「正確には庭園が目的地だ。離宮の庭園でお花畑を見せるとこの子に約束したから、起こさないよう馬車に運んでほしい」
宮務官のクラインはローミィを抱き上げ、馬車に運ぶ。
フリードリヒも包み紙を忘れずに持ち、馬車に乗り込んだ。
馬車の扉を閉めた男性は御者席に座り、神殿に向け馬車を走らせた。
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