『私と僕』(短編)
昔から私は、みんなと何かが違った。
私が好きなものを言うだけで気持ち悪がられた。
お父さんもお母さんも、私のことが嫌いだった。
でも、お姉ちゃんだけは私の味方でいてくれた。
よくお洋服を貸してくれたり、可愛いメイクをしてくれた。
ある日、私が借りたお洋服を着て出掛けようとしたら、お母さんに怒られた。
「貴方が着るのはこれじゃない」
って。
なんでなんだろう。あの時の私にはまだ分からなかったんだ。
ずいぶん時間が経った。
時間が経つにつれ、僕とみんなの壁が高くなっていった。
僕はみんなと同じ場所にいたかったから、“同じ”になった。
“同じ”になって何年か経ったある日、友達に言われた。
「あんたが好きなのって、それじゃないでしょ」
そう言って、僕が買おうとしていた黒い服を指した。
……驚いた。
なんで分かったのって聞いたら、彼はふっと笑った。
「分かるよ。俺も人とは少し違う人間だから」
男の子にしては少しふっくらとして華奢な顔と身体。
そして悲しそうに笑う綺麗な目。
そこに全てが語られていた。
「あんたが本当に好きなものを好きって言ったら良いんじゃない」
僕をからかっているのか、それとも真剣に言ってくれているのか。
分からないけれど、彼は真っ直ぐに僕を見つめていた。
「僕も可愛い服着て良いのかな」
「誰が何を好きだろうと、人の勝手だ」
「お母さんになんて言われるか……」
「言わせておけば良いんだ。親に俺たちの人生を決める権利なんて無い」
「急に変わってしまったら、みんなに嫌われちゃうかも」
「じゃあ、休みの日だけ本当のあんたになればいい」
「私は、私でいて良いのかな」
「良いんだよ」
お姉ちゃん以外にも私の味方がいてくれた。
その事実に私は泣きそうになった。
でも、彼の前で泣くのはちょっぴり恥ずかしくて、必死に堪えた。
そうか。私は私でいて良いんだ。
好きなものを好きって言って良いんだ。
「ありがとう」
そう一言だけ言うと、なぜか彼は顔を赤く染めた。
『かくれんぼ』(短編)
「俺、作家になりたい」
静かな部屋の中。
突然、親友のシアカがそんなことを言った。
「お前、小説とか書けんのか? 知ってんだぞ、お前が国語のテストで0点とったの」
「あれはもう昔の話だろ。俺は本気だぜ?」
怒ってみせるかのように頬をぷくっと膨らませ、腕を組む姿を見て思わず笑ってしまう。少し声が大きかったことに気付いて、すぐに黙る。
「あぶない。見つかるところだった」
「かくれんぼの最中だってこと忘れんなよ」
20も後半に差し掛かろうとしている大の大人がかくれんぼだなんて、馬鹿げた話だと思うだろう。当然いつもならやらないが、今回は別だ。やらなければいけないのだ。
「……まぁ、良いんじゃねぇの? お前の好きなように生きればいい。俺がとやかく言うようなことじゃない」
「ありがとな」
そこで会話は終了し、沈黙に入る。音を立てないようにコーヒーカップを持ち上げて、すっかり冷めきったコーヒーを口に含む。
一方シアカは、何やらノートに文字を書いている。きっと、絵本やら小説やらのネタを書いているのだろう。
「……もし本ができたら、一番に俺に見せろよ」
シアカはほんの少しだけ、表情を暗くした。
「うん。でも、本を出すのは難しいだろうけどね」
「そんな弱音を吐いてたら、作家になんかなれねぇよ。前向いてこうぜ。今はこんなだけど、俺たちが日の光を浴びて外を歩ける未来もそう遠くねぇと思うぞ?」
「……そうだね。鬼には、見つかりたくないなぁ」
苦笑いでそういうシアカの肩は、少し震えていた。
俺は、シアカが作家になるのは大賛成だ。さっきはあんなことを言ったが、本当はシアカが小さい頃に描いた絵本を今でも大切に持っている。
だが、状況が難しいのだ。外に出ることはもちろん、大声で話すことすら出来ない。なんせ“かくれんぼ”をしているのだから。
……ガシャンッ!
突然、玄関から何かが壊される音が聞こえた。
「くっせぇな。埃で鼻がムズムズする」
そう声を発した者と目が合う。
「まさかこんなところに隠れてるとはねぇ……」
入ってきた二人の男たちは、二人とも深い緑色のコートを羽織っている。鬼だ。
「我々はナチス兵だ。お前らがユダヤ人だということはもう調べがついている。今から、ヒトラーの命令によりお前らを収容する」
……あぁ、かくれんぼの終わりだ。
“鬼”に見つかったのならば、もう逃げられない。
一九四三年。この戦争で命を落とした者の中に俺たちが入るのも、時間の問題だろう。
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