形式:文庫
出版社:岩波書店
あと気になったのが、日本との戦争をすべての災いの原因として見てるような感じ。実際戦争のせいで、貧しい生活を送っているんだろうけど、家庭内の不和とかも全部戦争のせいにしているような。だから戦争が終われば八方丸く収まる、っていう希望的観測(あるいは、現状から目をそらすための言い訳)になってて、だからいざ戦争が終わっても家庭内不和は解決されず、というオチになってるように感じた。もちろん俺自身は、戦争は絶対悪という前提だけど。
主人公は「善良な小市民」って感じで描かれていて、「こんな善良な人が報われない世界はひどい」って所があったんだけど、善良ではあるかもだけど、それ以上に「しゃんとせんかい」としか思えなかった。
「作家的な良心の有無を問いただしたくなる。」…私も、そんな気分になった本があります。著名な作家です。あえて名前は伏せますが…。
麻呂まゆっ!さん 作者はアナキスト(自称他称とも)なのですが、作品の中に思想的な説教臭さはありません。そこだけは認めておきます。一般論として文学においては、悲劇的な状況をこれでもかと描く、そんな作品はあります。あり得ると思います。それでも、例えば悲しい歌でも、歌うことで何かしらの救いや共感や癒しを得るように、文学にはどんな作品であろうと、最後にはカタルシスがあってしかるべきだと思います。ある意味、文学と呼べる最低条件、あるいは必須の条件。本作にはそれがまるでありません(あくまで吾輩の印象ですが)。
これだけ折り合いの悪い嫁姑が同居しようというときは、どんな決断があったのだろうと思う。日中戦争下の中国人というのは、あまり考えたことがなかった。重慶は空襲までで日本軍の地上部隊が届くことはおよそなさそうだったけど、やはり庶民は恐怖を感じていたんだというのが、正直な感想だった。それで社会が混乱したり、家庭生活にも影響が出たりしているわけで、戦争は市民生活に大きく傷跡を残すのがよく描かれていたと思う。個人ができることは小さいわけで、汪がかわいそうになってしまった。
後半、汪文宣のカミさんが疎開先から長文の手紙を送られ読むシーンがあるが、ここは心が搔きむしられるような感覚を抱いた。汪の妻(夫とは同い年でもある)はややリベラルな、というか、姑とは決定的に合わない。夫に対しては「ずっと謝って小さくなってる貴方が嫌だった!」と痛烈に手紙で心情を吐露する。夫はなんとかしたかったのだろう。でも、全部裏目だった。妻はささやかな「自由と希望」を生きたかった。誰が非難出来ようか。妻は最後に一人残される。これからどうしよう、「時が決めてくれるわ」と残して小説は終わる。
巴金「寒い夜」を読んで、これはもう一つの「この世界の片隅で」ではないかと思った。片方は広島、片方は重慶。立場も何も違うけど、なんかこの両作品を重ね合わせてしまった。「寒い夜」、これほど精神的にえぐられる小説を読んだことがない。すごい小説。魯迅は知ってても巴金はあまり知られてないかもしれないが、ぜひ読んで欲しい。ただ、精神状態が悪い時とより一層陰鬱になりそうなので、そういう時に読むのはおススメ出来ませんが…
ラストの樹生の選択は『風と共に去りぬ』みたい。
なんか映画になりそうです コン・リー主演で
文宣の弱さ、情けなさ、惨めさとは対照的に、妻の樹生は活発で溌剌として、生命力に満ちあふれている。樹生のたくましさは、『風と共に去りぬ』のスカーレットを思い起こした。『寒い夜』の中で、樹生が文宣に宛てて書いた長い手紙が引用されている。樹生は、もう一人の主人公と言える。
文宣の母がなぜ息子の妻をあれほど激しく憎むのか、全く理解できなかった。母親は息子を大切に思っているのに、息子の愛した女性に対しては、ひたすら憎み、蔑み、激しく罵って攻撃する。母親は、息子の人生の幸福=息子夫婦の家庭の幸福だとは考えていないのだろう。母親の考える家庭の幸福は、<母親と息子+孫>という単位であり、息子の妻が余計者だから攻撃して排除する。父親がすでに他界していることが実は重要で、母親が息子に向ける愛情は、夫の身代りのようなものかもしれない。
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あと気になったのが、日本との戦争をすべての災いの原因として見てるような感じ。実際戦争のせいで、貧しい生活を送っているんだろうけど、家庭内の不和とかも全部戦争のせいにしているような。だから戦争が終われば八方丸く収まる、っていう希望的観測(あるいは、現状から目をそらすための言い訳)になってて、だからいざ戦争が終わっても家庭内不和は解決されず、というオチになってるように感じた。もちろん俺自身は、戦争は絶対悪という前提だけど。
主人公は「善良な小市民」って感じで描かれていて、「こんな善良な人が報われない世界はひどい」って所があったんだけど、善良ではあるかもだけど、それ以上に「しゃんとせんかい」としか思えなかった。