形式:新書
出版社:光文社
システム論が原因を隠蔽し(母因論を避け)、愛着モデルが愛着障害という原因以外を捨象してしまうとはいえ、両者の働きかけは結局同じようなものである。その証拠に斎藤先生のシステム論でも家族には「本人がもっと安心してひきこもれる環境を作ってあげること」を要求しているではないか。それは愛着モデルの主眼である「安全基地を設けること」とどう違うのか。同じだろう。
むしろ、愛着モデルを念頭に置いた方が親にも親切かもしれない。なぜなら、親自身の愛着の問題も念頭に置くから。ひきこもり当事者と親の、倫理的フェアさを軸にして、親としての責任に働きかける斎藤先生流は、下手をすれば親の問題を見過ごすことになってしまうかもしれない。しかし愛着モデルではそのような失敗は可能性が低いだろう。あくまで下手をすればの話だけれど。
……幼い頃に築けなかった愛着を築くことは簡単なことではないが、人や仕事・趣味との出会いが生きづらさを克服する鍵をなる。希望を捨ててはいけない。
ただ、安定した愛着の持ち主として挙げられた例があまりにも出来すぎた人間のように感じて「本当にいるのかこんな奴?」と思った点は少し微妙だったかもしれない(全部の条件を満たす必要はないのだろうが)。愛着障害の例としても(結構いるよなぁこういう人)という感じなので、むしろそういったものを抱えていない人が珍しいのか…?
著書内で分類分けに使われる言葉に一貫性がない(ように感じただけかもしれないが)ので、速読にはちょっと向いていないかも。しかし筆者の主張には説得力あり。他の著書にも手を出そうか検討中。
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