形式:大型本
出版社:求龍堂
土井会長の娘さんによると、日本人に馴染み易いであろうパリ時代のミュシャの作品を中心に紹介し、本来チェコ語では「ムハ」と発音する名前もフランス風の「ミュシャ」として日本に広めた。確かに「ムハ」と「ミュシャ」では響きのイメージも違ってくる。
東京の美術館に見に行った時買って帰ったよ。ミュシャすごく好きだけど難しい話はよくわからん笑
文ちゃん、アタシも観て楽しむだけー
所謂ミュシャ として日本で流布したきっかけが、大阪堺市の「カメラのドイ」創業者 土居君雄氏に寄る処であることを知った。また、ミュシャとしての時代1900年のパリ万博での彼の業績、渡米時に聴いたスメタナの「わが祖国」がこの大きなライフワークのきっかけであったこと、作業の完成度を高めるためには ほんの、と呼べる10年の遅れが齎した、理不尽とすら思える評判の低さなど、物を作る側としてのムハという人物とチェコという国民性への興味と、歴史と芸術創作物の関連性の深さ、政治と文化のぬぐえぬ繋がりを、あらためて想った。
すべきことは、戦うことではなく 橋を架けること。 ムハが創作という作業の上で 当時のチェコ-ドイツ-オーストリア-スラブという政治関係の状況下で 見出していた結論。ゆえに、彼の絵…歴史的叙事詩という、主題的に如何に戦闘がからんでいるものであろうと…その中に 流血の戦闘シーンはひとつと無い。
私は美術やクラシック音楽などを鑑賞すると、つい、なにか気の利いたことを言わなければならないと思い込んでしまう悪癖があります。一方、夫ットは真剣に鑑賞しシンプルな感想を述べるという素敵スタイルをオールウェイズ崩しません。ちなみにミュシャ展のときは「スラヴ叙事詩」を真剣な表情で丹念に眺めながら「デカいな」と真面目な口調でささやいてきました。スラヴ叙事詩=デカい。超シンプル。そして超素敵スタイル。
堺にミュシャ館あるんですねー
HIROMIさんは大阪なんですか? JR阪和線の堺市駅のそばにあります。→ https://mucha.sakai-bunshin.com/
苦言を呈するなら、色味。特に『スラヴ叙事詩』はコントラストがはっきりしすぎていて、作品のもつ暗澹たる雰囲気が伝わりづらくなってる気がする。値段を考えると文句は言えないのだけど。
本図録のすべてが、二か国語で書かれており、参考文献もあることから学術的価値のあるものとなったが、こうしたスタイルが一般読者を対象とする図録として適当かどうかは疑問が残る。本展と関係性の薄く専門性の高い記事は、展覧会の図録にはなじまず、むしろ学術誌に投稿するべき。本展のスラブ叙事詩以外の作品は堺市からの貸与が多い。私が個人的に本展でもっとも印象に残ったのはそうした作品の一つで、ミュシャの珍しい彫刻作品「ラ・ナチュール」。
この作品をしてゲーテの「永遠にして女性なるもの」を想起すると解説するブログがあるが、本作品の前に立つと、いつまでも見つめていたい想いにかられるほどの美しさである。「ラ・ナチュール」は世界に4体しかないと聞くが、その一つが堺市にあるというのは喜ばしい。
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土井会長の娘さんによると、日本人に馴染み易いであろうパリ時代のミュシャの作品を中心に紹介し、本来チェコ語では「ムハ」と発音する名前もフランス風の「ミュシャ」として日本に広めた。確かに「ムハ」と「ミュシャ」では響きのイメージも違ってくる。