形式:単行本(ソフトカバー)
出版社:山川出版社
86頁。氏綱は早雲の代から自信が居城としていた小田原城を本城とした。東方の進行を進めるため、関東の内に本城をおいたのである。そうして1523年秋頃に名字を伊勢から北条に改めた。鎌倉北条氏の末裔の女性との婚姻伝承に着目する説があるが、仮にそうした女性との婚姻があったとしても、二カ国の大名が名字を変える事の政治的意図を考えるべきであろう。翌年正月早々に扇谷上杉氏の重要拠点江戸城を奪取する事からみても、扇ガ谷・山内上杉氏打倒、武蔵制圧、房総侵攻継続を当面の目標都市、ひいては関東に覇を唱える構想があったであろう。
上杉名字に対抗できる名乗りとして、北条を選んだに違いない。伊豆での拠点の辺りが北条と呼ばれたこと、鎌倉北条氏が伊豆から相模に進出し、幕府の執権となったことなどが念頭にあったかと推測される。それはまた、由緒ある伊勢名字に決別し、関東支配に軸足をおいたことを意味しよう(京都・畿内との関係を絶つという意ではない)。87頁。氏康は1546年に河越の合戦で、扇谷上杉氏を滅ぼし、52年には山内上杉憲政を越後に追った。ここにいたって両上杉氏を駆逐したのである。
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