形式:単行本
出版社:平凡社
著者は本当は畑違いの中世史専門家であるのに、教え子の卒論から木造船のことを知り、その意志を継ぐ形で本書を書き上げたというのが最大のドラマかもしれない。弟子が師の思いを継承するばかりでなく、逆もあり得るのだ。そして、いま自分が調べておかなければ歴史に埋もれてしまう、との強い危機感と使命感。これぞ真の歴史家のあり方と思う。
実際、たかだか数十年前の出来事で、しかも屋敷林や寺社、並木道等のランドスケープを一変させた重大な事件であるのに、供木運動については意外に知られていないことが多いのだという。同じように、記録されぬまま消えゆく「歴史的事実」はまだまだ残されているのだろう。他方、著者の調査を通じて当事者の子孫が改めて関心を持ち、自分たちで調べ始めたとのエピソードに救われる思いがした。
戦争に限らず世論などの同調圧力に弱い日本人の体質(?)を感じると共に、決してそんな人ばかりじゃないことを知り、胸を撫でおろす思いもあった。それにしても、戦争だからと、粗製乱造の木造船を作ることが役に立つなんて、時代錯誤も甚だしい一部の連中の愚かしさ、分かっていても従うしかない民衆の悲しさ情けなさを感じてしまう。
忘れられつつある戦争時の悲劇。樹木の受難に留まらない。鎮守の木々や先祖代々伝わってきた木々、そして守ってきた人々の受難の歴史。心ある方が歴史の谷間に埋もれがちな秘史を掘り起こし日の目を見せてくれることを期待したい。本書のスタートは著者の講義を受けた学生の卒業論文だったとか。ちなみに著者は、もともとは中世史研究家。一仕事終えた今は本来の仕事に戻っておられるだろうか。労作、ご苦労様でした。
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