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純粋理性批判上 (平凡社ライブラリー)

感想・レビュー
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Major
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昨年12月に始めたカント『純粋理性を読む』読書会(WEB)も順調に3回を重ねた。参会する複数の方の読みの筋は、こちらの新しい気づきと視点を与えてくれる。カントの目指した小さな知的共同体が息づいている。さて、序文・序論を読書会の皆様と読み終え、いよいよ超越論的原理論の第一部門《超越論的感性論》へ読友の皆様と共に議論を進める。本論全体のシラバスでもある《序論》について、読友の皆様の真摯な取り組みに大いに助けられた要約的なものを、ここらあたりで一度まとめておく。→
Major

さて、今回も読友の皆様とこのB版の《序論》を中心に丁寧に読み込んできて、これまで朧気ながら考えていたことが、少し明るみになってきたかなと思うところがある。この直前のコメントに掲載した「感性のアプリオリな直観形式(空間)に関する論理展開(いわゆるコペルニクス的転回を準備する論理展開)を実体概念がアプリオリになるという客観性の議論に利している」が示唆するものである。この論理展開により、僕には2つのことが数年間気になっていた。→

02/18 19:26
Major

①実体概念のあやふやさ(物の単一の実体と物全体の実体との判別の曖昧さ ②このコペルニクス的転回へと連なる論理展開はともすると、《感性の直観形式》にとどまらずに、カント認識論全体に波及する可能性 ①②について今回の読書会を通して、いくぶんかその解決の見通しを得た。これを携えて本論の読み取りと思索を深めていきたい。(了)

02/18 19:26
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Major
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まるで経文だった。カントめぇぇぇ‼️(大笑)十九の時だった。卒論に選んだのがカントだったから、駅前の書店でタイトルのカッコ良さに惹かれて買った。まいった。全然解らぬ。打ちのめされた💦なんだこれは⁉️延々とたれ流される先験的、アプリオリと経験的アポステオリの不可思議な語彙の波にもまれて嘔吐しそうになった。サルトルの方が何倍か良い(苦笑) とにもかくにも、読み切ったのは僕にとっては幸甚だった。読書というのはこういうものかと・・・身を持って知ったからである。
朝乃湿原

私も本書を読んだとき、ジャクソンポロックの絵画をはじめて見たときと同じような感覚に陥りました。日常では全く使わないであろうカント用語に苦しめられました。しかし再読している現在もまだまだお経に見えます。(笑

11/30 22:26
Major

朝乃湿原さん、ポロックの絵画‼️なるほど(^^)今回は自分の思い出話をレビュー代わりにしました。少しでも、カント哲学を皆様に身近に感じてもらえれば、よいかなと思います。しかし、偶然的に書店で手に取ったこのカント哲学とこんなに長い付き合いになるとは、夢にも思いませんでした😅

11/30 22:39
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みあ
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私達は物自体を認識することは出来ない。世界にア・プリオリに存在するのは空間と時間であり、私達が感性を通じて直観するのは物体の現象でしかない。悟性によって対象は思考され概念が生まれる。感性と悟性のどちらが欠けても、対象は認識出来ない。悟性は己れのうちに純粋概念を含み、量、質、関係、様相という4つのカテゴリーに規定される。純粋悟性概念は決して超越論的には使用されず、いつでも経験的に使用される。純粋悟性の諸原則は、可能的経験の普遍的な連関においてのみ、感官の諸対象と連関づけられる。
Major

諸対象でしたか。ありがとうございます。みあさんに学びました(^^) そうかあ、、、感官からの表象とは言いますが、感官が対象にするという意味ですね、感官の諸対象とは。僕たちは哲学してますね(^^)

11/30 20:37
みあ

はい(笑)。

11/30 21:10
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しんすけ
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『純理』に関して一つの見解を持つようになっていると気づくことが、最近は多くなった。 空間や時間についてカントが定義したことを、ぼく自身の言葉として確信をもって語っていることも増えている。 空間と時間は人間が存在し、その存在を容認して実在を明確にするものである。 いわゆる先験的な存在だが、人間の認識が到達しない限り存在してないということもできるものだ。 したがって、彼に存在しても、ぼくには存在していないという事態もあり得るとしなければならない。
しんすけ

空間に関してカントは下記のように言う。 空間とは、外部の感覚のあらゆる現れの形式にほかならない。つまりぼくたちの主観が感じている状態である。そのなかにあってぼくたちは外部を直観で把握することえ可能にしている。対象の影響を受ける主体の受容性は必然的にこれらの対象のすべての直観に先行するから、すべての現実の認識に先立って、心のなかでア・プリオリにどのように与えられるか、そしてそれがどのように見られるのかを理解することができるのだ。

10/10 09:04
しんすけ

30年前までは『純理』の翻訳に関しては原佑のものは最悪だと言われていた、だがその後の弟子たちによる編集でかなり読みやすいものなったと謂われている。 ぼく自身も、岩波文庫より読みやすいと感じていた。

10/10 09:04
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Mylène
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ひとは自分すら時間という形式のもとでしか表象しない。
Mylène

時々熊野訳を参照している

09/25 18:41
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石井千湖
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「週刊文春」「名著のツボ」で紹介しました。お話を伺ったのは日本カント協会会長の御子柴善之さん。「純粋理性」とは何か、「コペルニクス的転回」のことなど。
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中山ラモ
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カントは、理性の限界(リミット)を示すことで、むしろ形而上学の確かな土台を築こうとする。この上巻ではそういった「批判」のプログラムと、感性と悟性について論じられる。 普段何気なく使ってしまう対象、表象、現象その他諸々の用語も、しっかり定義が示された後で(だいたいは)使われているので、勉強になった。
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藤宮はな
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我々は相対論を知っていて、カントの時代にはニュートン力学や地動説があった事を念頭に入れて読む必要はある。カントは、空間・時間をアプリオリに感性的直観に与えられたものとして、経験的な認識と区別する。その感性的直観によって感官が刺激されたものを、悟性が思惟するという形。上巻ではこの辺りが中心になって構成されている。また術後Bが概念Aに含まれる思惟を分析的、術後Bが概念Aと結びついていてもまったく外にあるものを総合的と名付けている。カントによると例えば、全ての物体は重さを持つなどが総合的。経験的判断もそれだ。
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素人
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さっぱり分からない。
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呑芙庵
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とりあえず苦痛に耐えながら通してみたのだが。。
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coco
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勉強のためにフェノメノンとヌーメノン周辺を再読。理論哲学と実践哲学の関係に関心があるのだけど、物自体、超越論的対象、ヌーメノンという言葉遣いに混乱してきたので、ちゃんと勉強しなおしてはっきり区別できるようにしたい。
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coco
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三分冊の第一巻。それなりの分量がある上に、カント哲学の核心に位置する重要な議論が盛りだくさん。PhBを参照しながらじっくりと取り組むべき。
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NагΑ Насy
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read for report paper in phirosophy class.
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