モノグサメ。
(『チャリング・クロス街48番地』ヘレーン・ハンフ、翻訳:江藤淳)
※怠惰なことを意味する「ものぐさ」を示唆した文章だと思われるが、0.03%の可能性で著者が突然「モノグサメ」という新種のサメの名を叫んだかもしれないので、この場に載せておきます。
読了の報告:『自由なサメと人間たちの夢』を読み終えました。短編集の中で、実際にサメの記載があるのは最後の2編ですが、はっきり「ツマグロ」(英名での「ブラックチップシャーク」も)という記述があり、種類まで特定できるようになってます。「人を襲うサメ」ではなく「友人としてのサメ」という、とても現代的なサメの描かれ方がされていました。
しかし、その夜の鯨肉の饗宴をたのしんだのはスタッブだけではなかった。スタッブが鯨の肉をかむ音にあわせて、何千ともしれぬサメたちが、死んだレヴィヤタンのまわりを泳ぎまわりながら、脂ののった鯨肉に舌づつみを打ったのである。(『白鯨 中』ハーマン・メルヴィル、翻訳:八木敏雄)
額に竜巻の渦をきざみ、目を人殺しのように血走らせ、口角泡を飛ばして獲物に襲いかかるエイハブが、あのとき口にしたようなことばで諸君の耳をけがすような不敬はさけたいーそんな言葉は不敬の海にすむ冒瀆のサメにしかふさわしくない。(『白鯨 中』ハーマン・メルヴィル、翻訳:八木敏雄)
支配者(鯨の群れのボス)は敏感な鯱(シャチ)がその血の臭いをかぎつけて集まってくるのではないかと心配して、その周囲を警戒して泳ぎまわった。幸いに集まってきたのは血の好きな鱶(フカ)が二、三びきだったが、鱶では貫禄不足であった。
(『鰭王』戸川幸夫)
ーーそこで、このサメにおける死をしのばせる白と沈黙と静寂、またその習性の死のようなおだやかさの連想から、フランス人はこの魚をRequin{ルカン}と呼ぶ。(『白鯨 中』より)
白ザメについてだが、この生き物が通常の状態で白い亡霊のように悠然と海中をすべっていくのを見ると、あの四足獣がもよおすのと奇妙に同質の感情をもよおす。この特徴はフランス人がこの魚にあたえた名称によってもっともよく言い当てられている。ローマ・カトリックの死者をいたむミサはRequiem etaernam(永遠の憩い)ではじまるが、それから「レクイエム」が「鎮魂曲」その他の葬送曲一般をあらわすことになった。ーー続く
北極の白熊および赤道の白ザメのことを思いえがいていただきたい。両者のあのなめらかな雪のような白さをおいて、彼らにこの世のものならぬ恐怖心をそそられる原因がほかにあるだろうか? (『白鯨 中』ハーマン・メルヴィル、翻訳:八木敏雄)
それでわたしがサメ肉を買った舟の近くでソリボを見たとき、わたしは言ったの。ソリボ、そこをどいて、わたしはトゥフェを準備しに行くんだからね……。ふふ、それはほんとのところ、「ソリボ、シドニーズのトゥフェを食べにおいで」という意味だった……。もちろんソリボはその意味をしっかと受け取った。というのも買い物袋を下ろさないうちに、彼はもうわたしの家にやって来ていたから。何て嬉しかったことだろう! 彼がサメの頭を落として、内臓を抜き、皮をむくために湯通ししたんだ。(『素晴らしきソリボ』より)
わたしがサメ肉を買ったとき、ソリボは家にいた、とシドニーズはつぶやくように言った。野生の人食い鮫じゃなくて、美味しいシロカグラザメ、つやつやした桃色の肉の。私はもう長いことソリボに会っていなくて、彼なしで私は巣の外にいる鳥のように生きていた。
(『素晴らしきソリボ』パトリック・シャモワゾー、翻訳:パトリック・オノレ、関口涼子)
そして、検死医が彼を検死し、ばらばらに切り刻んだ。脳みそから死因の謎をあれこれ探るために、頭の骨を輪切りにした。胸を切り裂き、肺と心臓を切り刻んだ。血を試験管に流し込み、胃を切り開いて、そこに詰まっていたサメ肉のトゥフェを押収した。
(『素晴らしきソリボ』パトリック・シャモワゾー、翻訳:パトリック・オノレ、関口涼子)
母さんは新しい鮫を折ってくれた。今度は、アルミホイルでこしらえてくれた。その鮫は大きな金魚鉢のなかで、楽しそうに暮らした。老虎とぼくは、金魚鉢のそばに座って、アルミホイルの鮫が金魚を追いまわしている様子を眺めるのが好きだった。金魚鉢に顔を押しつけて向こう側からぼくをじっと見ている老虎の目は、コーヒーカップの大きさくらいになっていた。
(『紙の動物園』リュウ・ケン、翻訳:古沢嘉通)
またある日、鮫を題材にしたドキュメンタリー番組をTVで見て、ぼくは自分も鮫が欲しいと頼んだ。母さんは鮫を折ってくれたけど、鮫はテーブルの上でみじめにばたばたと動くだけだった。ぼくは流しに水を溜めて、鮫を入れた。鮫は嬉しそうにぐるぐると泳ぎまわった。けれども、しばらくすると水が滲みこんで、鮫は半透明になり、折り目がほどけていき、ゆっくりと流しの底に沈んでいった。ぼくは手を伸ばして鮫を救おうとしたけれど、手のなかにあるのは、濡れた1枚の紙になってしまっていた。
(『紙の動物園』ケン・リュウ、翻訳:古沢嘉通)
タッドこそ、氷の下に鮫がいるとは決して考えないフィギュアスケートの選手なのだ。きみのことを親身になって心配してくれたり、内面的な話をすることのできる友達はいる。そんな友達を、きみは避けるようになった。きみの魂は、住んでいる部屋と同じで、散らかったままだ。だから、少しでも片づけてからでなければ、とても他人を招待する気分にはならないのだ。(『ブライトライツ・ビッグシティ』著:ジェイ・マキナニー、翻訳:高橋源一郎)
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