子供の頃から読書が好きでした。
「ちいさいケーブルカーのメーベル」「はらぺこあおむし」「おさるのジョージ」などを読み聞かせされて幼少期を育ち、僕は本が好きな子になりました。
やがて自分で字が読めるようになると、図書館に通い詰めます。絵本の本棚の前にいつもいる子、ということで司書さんたちには有名でした。
幼稚園年長からは「たいせつなきみ」「100万回生きたねこ」などの考えさせられる絵本を好むように。小学生低学年ごろには順当に、「かいけつゾロリ」「学校の怪談」「ズッコケ三人組」などを好んで読みあさっていました。
が、小学3年生のときです。親戚が何を間違えたか「24人のビリー・ミリガン」を9歳の僕にプレゼントしました。きっと「読書好きの子なら適当にベストセラーやっときゃ喜ぶだろ」との判断で。この判断が僕の読書遍歴を狂わすことになりました。
それまで悪事といったら「ゾロリ」の牧歌的な銀行強盗ていどだったところに、唐突に叩きこまれる「婦女暴行」「幼児虐待」などの不穏な四文字熟語。小賢しくも僕は、不吉な話を理解してしまいました。
折り悪く母の父親以外の男とのセックスを目撃してしまうということも相まって、「これまで知らなかっただけで、世の中悲惨なことばかりなんだ」と認識してしまい、以来僕は暗い話ばかり読むようになります。
小学四年生のはじめごろに桐生操にハマり、終わり頃には「世界残酷物語」上下を読了。ここらでネットに触れ始め、連続殺人犯の生涯などを著したサイトにドはまりし、ロバート・K・レスラーなどのサイコパスものに執着。はい、そうです。通常よりも3年早い中二病の発症です。
両親の離婚からの引っ越し、父親の死など様々な要因が組み合わさり、そのうえ精通も早く(初射精のオナネタは親のマンガ。山本直樹「ありがとう」)、生み出されたのは、「サイコパス気どりコソ泥オナニスト」という、自己顕示欲と性欲と反社会欲が最悪の食い合せのクリーチャー。おそらく当時同時代で最悪の小学生に成り果て、数々の悪事を働きます(万引き、露出、不法侵入からの露出、合わせ技でオナニー)。むしろ精通早くて助かったなお前。3年遅けりゃ少年院送致だ。
その後ワリと洒落にならない事件を起こして、僕は小学五年生の始めで他の小学校に転校します。
その事件というのが小さいながらも新聞記事になってしまうクラスのアカンことだったので、かなりキツ目の怒られ方をした僕は、転校先では努めて普通の小学五年生生活を送ろうと決めました。……その予定でした。
だけどまあ、エロ孔明(童貞のくせして女のイカせかたの講座開いちゃう奴)ってどこの学校でもヒーローじゃないですか?
ましてや転校生で、運動神経もコミュ力も足りないガキが早く馴染むためには、やるしかないわけじゃないですか?
かくいうわけで、新しい学校ではエロの伝道師として「小学生みうらじゅん」みたいなことをしながら、女子の評判をちぎっては投げちぎっては投げする日々を送りました。
そして「ドスケベ小学生」は中学生に上がります。この頃になると徐々に、エロいとはいっても、女子がキャーキャー騒いで「サイテー、も~」とかで済む程度の「あんまり女子に引かれない程度のエロ」のラインをわきまえた僕は「中学生沢村一樹」みたいなポジションを勝ち取りました。ブサイクでしたけど。
一番シモネタが受ける年代にむけて行う、同級生とは年季が違う猥談は、当たり前のようにウケました。
僕は勘違いしました。自分は面白いのだと。きっとどんな人でも笑わせられて、末はさんまかナイナイか、だと思ってました。
ですがある一人のとき、不意に気づいてしまいました。
『俺、シモネタなしで面白いことなんも言えないんじゃね?』
気づいたらもう一直線に直滑降でした。みんなの前でシモネタを使わないようにしてみました。すると、何も喋れない自分に気づきました。今度はシモネタを普通に喋ってみようとしました。すると、何故かストッパーがかかって巧く喋れなくなりました。
今思えば、他人よりシモネタは多かったかもしれないけれど、同級生よりもずっと本を読んできたから、それらの知識にもとづいた、普通に面白いことや楽しいことも言えていたと思います。
ですが、歩き方を問われた百足のように、僕は急に面白おかしく喋れなくなってしまいました。
ずっと自分は自分の話術に自信を持ってきました。先生を授業中におちょくって笑わせたり、友達のご両親を笑わせたりしてきた経験が、それを裏付けしてきました。
ですが、自分を疑い出すと、もはや何もかも信じられなくなりました。
「きっとあの時先生は、クラスの雰囲気を悪くしないために笑っていたに違いない」
「あの時のご両親は、息子の友達が恥をかかないように、付き合いで笑ってくれていたに違いない」
「女子たちの笑い方はきっとホントは嘲り笑いだったんだ」
「友達も」
たかだか「シモネタが受けていたか不安になった」、程度のことで、僕はいきなり根暗になってしまいました。暗い気持ちで夏休みに入ると、友達からの誘いに答えるのが億劫になり始めました。
友達の誘いを断ってずっと一人で部屋にいると、みんなが自分のことを噂しているような気分になり始めました。典型的な鬱からのせん妄状態です。
僕の住んでいたマンションの部屋は、8階でした。
ベランダに出て下をのぞき込むと、ひび割れだらけのアスファルトはいかにも硬そうで、周りに迷惑をかけまくった、ろくでもなく面白くもない自分の頭をかち割るのにはちょうど良さそうな高さでした。
このままするっといっちゃおうかと考えた僕でしたが、ちらりと、マンションのヒサシが目に入りました。
ふと考えました。
「半身不随は嫌だなあ」
急にそれを意識した途端、見下ろしていた高さが現実感を持って、恐怖を覚えました。
あっさり死ねるならいいのですが、これで万が一ヒサシでバウンドしたりしたせいで一命をとりとめ、半身不随やその他もろもろの障害を負って生きるなど、考えたくもありません。
結果、完璧に死ぬにはどうすればいいのか、と情報を集めることにしました。これはおそらく、死の恐怖を覚えて当時の僕が無意識に作り出した言い訳だと思います。
とにかく、僕は確実な死の方法を探し始めました。そうです、「完全自殺マニュアル」です。
ですがこの本はあまりに話題になりすぎたため、どこの図書館にもおかれていませんでした。仕方がなく、僕はAmazonに頼ります。この時点でもう相当自殺からは遠ざかってきています。
「完全自殺マニュアル」は約1200円。当時のAmazonは1500円以下では送料がかかりました、そこで僕は貧乏性でもう一冊本を買い足すことにしました。(どこの世界に金を惜しむ自殺者が居るでしょうか。ここです)
買った本は「完全自殺マニュアル」と同じ作者、鶴見済の書いた「人格改造マニュアル」です。
これはすごかった。当時の僕にとっては画期的なアイデアをくれた本でした。「今の社会の求める完璧な人間像は、気持ち悪いほどハツラツとしすぎている」「普通の人間なら、そんな性格にはなれない」「ならば、社会の求める人格を『作って』しまおう」。
なにしろ中二病引きずってた鬱病気味の子供です。自分の価値観を自分で徹底的に破壊していた直後です。
典型的な洗脳にハマるパターンで、僕は鶴見済の、というか「人格改造マニュアル」の信奉者になりました。では、半可通の中学生が「人格改造マニュアル」に、アナーキズムにハマるとどうなるでしょうか?答え、ドラッグに走ります。それも、ケチな。
まず手を付けたのがブロン錠でした。初めて買ったときは間違ってエスエスブロン錠エースを買ってしまって、ゲロと頭痛に悩まされることになりました。
次に、せきどめシロップ。カフェインの錠剤などの健康的なところを撫でているうちに、うっかり「激裏情報GEKIDASU」「アリエナイ理科の教科書」なんかを買ってしまい、エフェドリンの精製まで始めてしまいました。
ここではっきり言っておきます。ドラッグを使うと頭が悪くなるのは本当です。僕と中島らもが証人です。うち一人は故人ですが。
ドラッグの快楽に流された僕は、当時流行り始めた合法ハーブの煙に巻かれているうちに、どんどん成績を落とし始めました。
ハツラツとしてた子が、夏休み明けから無口になり、だんだんやせ細っていったら、女の子だったらたいていレイプされたせいですが、男の子だとたいていアナーキズムにはまったせいです。
そういうわけで、中学入学時点ではかなり良かった僕の知能指数は、卒業する頃には尺取り虫ぐらいまで下がってしまいました。多分、カマドウマ三匹と僕一人だったら、ギリ僕の判定勝ちぐらいの頭の悪さでした。
そんな僕でも入れる高校があり、なんとか潜り込みましたが、勉強には当たり前のようについて行けません。ついていけない僕の友だちも、同じようなクズが集まりました。そして、クズにはクズのリーダーができます。一コ上ながらも同級生だったその人は、たくさんの博打遊びを知っていました。
ただでさえ容量の狭い頭に、ろくでもないことを積み込みすぎて、もう入るものがないかと思いきや、まだ入るものが有りました。オタクサブカルチャーです。それもまた、クズのリーダーに教えてもらいました。
当時大流行の「涼宮ハルヒシリーズ」にはじまり、ラノベの基礎として「キノの旅」、古典として「スレイヤーズ」「イリヤの空、UFOの夏」。乙一や西尾維新、舞城王太郎などのファウスト閥にもハマりました。この頃読んだ滝本竜彦の「ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ」は僕の人生で一二を争うクラスに衝撃を受けたストーリーです。この頃読んだのは、いわゆるライトノベルと呼ばれるエンタテイメント重視の小説が多かったです。
ところで、僕は二年生をしくじります。
なんとか進級できた二年の夏休み直前。その頃の僕は、つもりつもった博打の負けと、目前に迫った夏休み、そこに含まれる夏のコミックマーケットのために、金策に汲々としていました。
追い詰められた博打クズが考えることなど、古今東西変わりません。「賭け金上げてもう一勝負」です。
そのころ僕を含めたその高校クズ連のもっぱらの博打のタネは、麻雀でした。ひととおりルールも駆け引きも学び終わると、後はエスカレートするのはレートです。
僕らはそのころもっぱら点ピンで遊んでいました。千点100円。麻雀は持ち点が2万5千点でスタートします。点差でボーナスもちょろちょろつくので、大体一勝負で4,5千円ほど動く規模の、高校生がやるには生意気すぎるレートでした。ですが、それでは足りなかった。
トチ狂った僕は、デカピンを提案します。デカピンとは、1000点1000円。つまり、それまでのレートが殴り合いだとしたら、文字通り桁の違う、銃撃戦のようなレートを持ちかけたのです。
クズ共は二つ返事で了解しました。だからクズなんです。
さて、ポケッタブルの小型雀牌をジャラジャラ並べて、東一局。僕の親はあっさりと対面のニキビ面クズに安手で流されました。東二局。手なりで打って、安手ができあがりました。リーチをかけようか迷って、一巡待ってみたところで、今度は左に座る顔だけ良いクズがマンガンツモ。
ここであっさり負けるわけにはいきません。僕らがやっていた麻雀は、点棒を使わず、現金で即払いする麻雀でした。(足りない時は紙に額を書いて債権として、後で清算)
目の前でジャラジャラバサバサと金をたたきつけられて、もう平常心で入られません(だから僕は博打が弱いのですが)。僕もアガリたい。そう思った東三局、最高の手牌が来ます。
配牌で、リーチピンフドラ1の3,900点は固いと見込んだのですが、ツモが次々とはいって、サンショクもついてマンガンは固く、裏ドラによってはハネマンまである、というところまで出来上がってきます。これまでできたマイナスを補って余りある得点です。
そして、早い順目で、待ちに待った牌が来ました。
アドレナリンがじわっと湧き出し、興奮で心拍数が上がり、自然と声が大きくなります。僕は「リーチだバカヤロー!」と叫びました。叫びながら、リーチ棒代わりの千円を机にバシッと叩きつけました。
その瞬間、叩きつけた千円を拾われました。誰に?
僕の右で、僕の叩きつけた千円札を摘んでいたのは、教頭先生でした。
僕が麻雀を、それもデカピンのレートでやっていたのは学校の食堂だったのです。まあ、誰が「バカヤロー」かという話ですが、言うまでもありません。
対面のニキビの顔色が蒼白になっていき、左のイケメンが「あっちゃあ」という表情を手で覆い隠したところで、右の普段は無口なクズが手牌を倒しながら言いました。
「ロンだったんだけどなぁ~」
千円札を持った手で、まず教頭先生がはたいたのはそいつの頭でした。
そういうわけで、僕はそこから翌年の4月まで、ながーい夏休みをとることになりました。
さて、問題はここからです。ここまでなんだかんだとありながらも僕は本を読むことは辞めませんでした。
ですが、長い夏休みの間、僕は家賃を請求されることになりました。さらに、そこから先の学費は自分で出すことになりました。そのために働き始めたのですが、働き始めるとなんと本を読む時間のないことか!毎日くたくたになって家に帰って、倒れこむように布団に入り、また翌朝。電車の中は混雑していて、仕事場では休憩時間は上司の自慢話と確実にどっかからパクってきた仕事論、説教に奪われ、ろくに本を読む時間がありませんでした。
そこで誓ったことは、「俺は将来、絶対に小説を読めるだけの時間に余裕のある生活をする」ということでした。
ようやく復学し、新しい教科書を読み始めた時、愕然としました。自分の読解力、読書スピード、記憶力が格段に落ちていたのです。
そこからは、昔ほどは本が読めなくなりました。あまりに読書が辛くなりすぎて、ドラッグで脳みそスカスカにしていた頃ですら辞めなかった読書を、億劫に思い始めたのです。
あれほど時間の無くなった頃に読みたかったはずの本が、時間のある今読めない。それは屈辱的でした。それでも文章への欲求は止まず、もっと手軽な文章に流れました。それは、いわゆるSSと呼ばれるネット上小説でした。とくに二次創作にハマりました。
それから、本を読まない時期が長く続きました。大学受験は放り投げて、系列大学に進学しました。そして、そこを中退しました。
今、僕はニートの精神でフリーターをやっています。
ついひと月前まで、僕はなかなか職場環境のいいところに務めていました。ですが、そこは一日10時間労働で通勤に往復2時間かかる場所でした。また本が読めない環境でした。
僕は、ここでもう一度誓います。
「僕は絶対に小説を読めるだけの時間に余裕のある生活をする」
「僕は給料が安くても労働時間の短い職につき、本を読むことを優先する。本だけにかぎらず、マンガや、映画、ドラマを目一杯楽しむ」
「副収入のあてを見つけて、優雅な晴読雨読の生活を営んでいく」
長々と書きました。多分読んでくれる人はいないでしょう。この文章を書くのに4時間もかかりました。それだけしっかり書いておかないと忘れそうだからです。
もし読んでくださった方がいたら感謝よりもびっくりだ。そんな人いるのか興味あるから、読み終わったらメッセージ下さい。
この機能をご利用になるには会員登録(無料)のうえ、ログインする必要があります。
会員登録すると読んだ本の管理や、感想・レビューの投稿などが行なえます