
秋吉先生 コメントいただきありがとうございます。ご丁寧に反応、解説していただいて光栄な限りです。私は以前ドゥルーズのマゾッホ論に興味を持っていたのですが、精神分析の理解が浅いために根本的なところを理解も批判もできていないのかもしれません。ラプランシュとあわせて勉強させていただきます。
著者です。お褒めいただいて恐縮です。しおんさんのご指摘ですが、ドゥルーズのサド論はあまりにめちゃくちゃでとにかく軽蔑していたので、当該の箇所で参照せず、読書案内にも入れていません。若気の至りです。この本が重版されたら参照に入れますね。ただ私の場合、「サドの快は受動的興奮、つまりいわゆるマゾの快へと還元される」という考えは、ドゥルーズよりまえに読んだジャン・ラプランシュ『精神分析における生と死』(1970.元は1967年の「性欲動の領域におけるマゾヒズムの根源的位置」)が典拠です。ありがとうございました。
秋吉先生 コメントいただきありがとうございます。ご丁寧に反応、解説していただいて光栄な限りです。私は以前ドゥルーズのマゾッホ論に興味を持っていたのですが、精神分析の理解が浅いために根本的なところを理解も批判もできていないのかもしれません。ラプランシュとあわせて勉強させていただきます。
なんでも
この機能をご利用になるには会員登録(無料)のうえ、ログインする必要があります。
会員登録すると読んだ本の管理や、感想・レビューの投稿などが行なえます
著者です。お褒めいただいて恐縮です。しおんさんのご指摘ですが、ドゥルーズのサド論はあまりにめちゃくちゃでとにかく軽蔑していたので、当該の箇所で参照せず、読書案内にも入れていません。若気の至りです。この本が重版されたら参照に入れますね。ただ私の場合、「サドの快は受動的興奮、つまりいわゆるマゾの快へと還元される」という考えは、ドゥルーズよりまえに読んだジャン・ラプランシュ『精神分析における生と死』(1970.元は1967年の「性欲動の領域におけるマゾヒズムの根源的位置」)が典拠です。ありがとうございました。