
ある文章を読解するとき、「統一的な文脈」を想定できてしまえば、「わかった」状態にはなってしまう。が、「わかって」しまう(=「わかったつもり」)とそれ以上深く読解できない。深い読解を目指すには、①「統一的な文脈」を変える、②「部分から引き出された意味」を変える(、③その複合)という方法がある/文章読解において、読みには必ず飛躍があって、それを否定すべきではない。飛躍のチェックは他の部分との整合性確認によってなされるべきである/教育ではそういう読みの深まりこそを教えるべきで、現状(1997)は間違っている、と
「わかったつもり」という語が極めてわかりにくいと思う。「わかったつもり」でないというのはどういう状況なのか。何が「わかった」なのかを判断し、教え導くことができる絶対者(教育者)が前提されすぎている。/個人的に教育学者・教育心理学者には警戒感がかなりある。この本は相当マシだが、やはり第一章にはそれを感じた。第二章以降はしかし、教えることの暴力的な側面にもちゃんと意を払っている。
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