〜第三章までの要約? 序論 人間の生命についてを理解するための議論がおかしい方向に行ってしまっているため、生命について全く分かっていない!と訴えてる。 一章 人は自分の幸せのために生きてると言われがちだが、結局は死ぬことでその幸せは失われてしまう。 それなのに自分の幸せを追い求めるのは矛盾していると述べている。だから死ぬ等では左右されない幸せを追い求めるべきと述べている。 二章 キリスト等によって昔から正しい方向(一章のような生き方で生命の矛盾を解消する)に生きれるように教えられてきた。
第5章:かつての賢人(キリストなど)の生命の矛盾を解消する教えを間違えて解釈した人々や第四章で述べたような学者によって、生命の矛盾に気付けない人々が増えている。かつそんな人々からできた集団の中で人間は流されて生きている。生命にとって本当は幸福ではない、伝統的な事業なども「自分には理由はわからないが、続いていたり、みんながやっているから自分にとって良い事」という風に肯定され、続いていってしまっている。芸術、戦争などたくさんの人間活動は思考停止の群衆のひしめき合いにすぎず、生きていながら死んでいると述べている
第六章:周りの間違った教え(学者や過去の教えを間違った解釈によって歪めたもの)が多いが、それらにもかかわらず、生命の矛盾に気付ける人が多くなっている。でも、周りの人は気づいていないため自分が狂ったか他の人が狂ったかで苦しむことになる。その時に自分の理性が「生きていけない」と言って、本能が「生きろ」と言う。本来、理性とは人間が生存競争で勝つために進化して得たものであるが、理性が人間を苦しめている。その苦しみに耐えられないとき、人は自殺をすると述べられいた。
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