
短編だと何処か耽美な言葉遣いが目立つ金井だが、長編だとしばしば言葉遣いが大胆になる印象がある。この小説でも、言葉遣いの点で言えば悪文とも捉えられかねない特異な文体を駆使しているが、それがある種の理知的な面白さを醸し出しているから不思議だ。この小説の金井と漱石を足して割ったらジョイスになるかもな、とふと思ったりした(漱石の主語を抜いた短い文章の羅列は、ジョイスの内的独白にかなり近いものがあると思う)。とにかく面白い小説。本当に、なんでこんなに面白いのか不思議に思うくらいに面白い。
その俗物たちに関する描写がある種の一本調子なのは、丁度古典音楽においては(ベートーヴェンやモーツァルトの諸作などに例外はあれど)不協和音が解決のためだけに用いられるのと同様であり、やがてプルーストやジョイスたちが、ドビュッシーやシェーンベルクが不協和音を解放するみたいに、俗物たちを徹底して描き出すことになるだろう。してみると、オースティンは分野としての散文芸術の確立に貢献したという意味で、ハイドン的な存在なのかもしれない。しかしその偉大さはバッハに匹敵する。
2025年12月以降の記録
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