
天才棋士モノといえば、やっぱり竹本健治の牧場智久シリーズが印象的だが、そんなにディープな話ばっかりでもしょうがないし、カラッと明るく、もう、天才だけどなにか?と言うノリでさっさか行くのがいい。問題の解決はそこそこでも、美少女のわがままでおっさんが振り回されるのは楽しい。そもそも賭け将棋の問題とか大した問題ではないし、それで黄門様風の世直し気分とは、愉快この上ない。
「いとしのジュスティーヌ」芸術家として自立して生きている女性たち、その行動は開明的といえるが、理屈よりもそういう風にしか生きられない女性たちが存在する時代。経済や差別の問題といった構造的な変化以前に、新しい生活の道が広がって変化が重なり合って生まれたとも見える。 「一人の男と二人の女」結婚してしあわせに暮らしている平凡な夫婦が二組いて、非常に親密な関係にあり、人生経験がさらに関係を深める。それは世間に例を見ないほどであり、一般読者には理解できないところまで踏み越えて行きそうな可能性まで示されている。
「あまり愉快でない話」これも二組の夫婦の物語なのだが、夫婦とか女性の生き方についての思考がよりラディカルになっていて、登場人物は軽々と従来の規範を飛び越えてしまう。 レッシングはいつも時代の一歩先を行っていたように見えるが、それは時代を読んでるのではなく、彼女自身の思索が少しづつ深まっているのではないか。それも非常に慎重に、前人のいない道を手探りで、おそるおそる静かに浸透させるような文章に感じられる。技巧の一種というよりは、一貫したスタイルなのであり、作家としての生き様が感じられるようだ。
「情報エリート」テレビ電話に続いて、メガネ型、腕時計型、指輪型と、次々に新しいデバイスが開発されるが、大量の情報を処理可能になるにつれ、ビジネスマンの仕事もどんどん過酷になっていく。 「生ている海」探検隊のロケットが海で覆われた惑星を発見する。新発見を携えて地球に帰ると意外な光景が待ち構えていた。 「時間と空間の涯」巨大な重力に引き込まれてしまった宇宙船が、その先で目にした世界。 「地球の子ら」奇妙な機械に囲まれてすくすく育つ子供。その世界の謎が少しずつ明かされていく。
1970年以前に書かれ、ITやAIの発展と社会の変貌がかなり正確に予言されているし、その先の未来の姿も説得力がある。それを生み出す最先端の科学者、技術者たちの心情とともに、彼らを悩ます組織やら予算やらのしがらみもリアルに語られていて、その本質は古びていない。
「密告者」アナキスト組織に警察のスパイがいるらしいとわかり、炙り出すことを計画する。アナキストでもテロリストでも組織における行動は、一般の人々や官僚などとも変わらない。危険に満ちたな題材なのに、退屈と安逸が入り混じった不思議な空間になっている。これもグリニッジ天文台爆破未遂という実際の事件に題材を得たという「密偵」の前段的作品。 「プリンス・ローマン」古い家柄のポーランド貴族が、時代の波に翻弄される。貴族として、家を守ること、祖国を守ること、そしてロシアとの関係などのはざまで苦しむ。
「ある船の話」すでに第一次世界大戦が起きた時代のこと。船乗りは、今までの船乗りのままでいられなくなった。気質も生き方も、それまでと変わることはない。ただ世界の方が変わってしまった。海の男同士の関係も、同じようではいられない。そのことを淡々と受け入れているように見えても、実は煮えたぎるような気持ちが隠されている。 大英帝国絶頂期にも、その内部には様々な軋みが生じていたことが分かる。それは外部と接する海から徐々に露わになっていったのかもしれない。そこにはポール・ヴァレリー的な文明批評をも感じられる。
ただしこの「平成編」が書かれた頃は、現代中国は政治的にも近代化の方向に進むと誰もが思い、天安門事件も民主化の予兆のように見られていたのだが、現実の歴史ははその逆コースに進んでおり、この物語のような出来事も、どんな未来の暗示なのかという受け取り方が大きく違ってくる。ただそれが暗いものか苦いものかの違いはあっても、過去の亡霊が現代に甦る衝撃の大きさは変わらない。
戦争の悲惨さというだけでなく、過酷な状況に飛び込み、突き進んで行く人間の心象が表されているのではないか。個人、組織、国家などが争い、脅かされていても、立ちすくんではいられない。戦後大陸から引き揚げてくる人の話はいろいろあるが、ここでは戦争というものが、荒々しさを育てるための培養装置のようだ。いわれなき悪意や不条理にも、自分の力で戦う力、悪徳、悪趣味、野蛮、モラルからの解放、そういう牙を内面に飼っておくことも、多様な価値観の対立が増すほどに、重要になっていないだろうか。
次々に危機が迫り、脱出するという繰り返し、芸者に惚れられたりと、全編めまぐるしい展開。鞍馬天狗ものとして、この後に書かれた少年ものの「角兵衛獅子」では、天狗はより思索的で、人間愛の強い、子供にとってのヒーローであり、メンターたる人物像になっていくが、本作では行動力が第一の取り柄のような人物像で、天狗を付け狙う怪人や、天狗を慕う人々の複雑怪奇な絡み合いが十分に楽しめる。神田川の舟上での追いかけっこや、江戸城の謎の穴蔵で水攻めや、爆殺されそうになったりと、危機一髪の連続の活劇がやはり一番の楽しみどころ。
この地の歴史や、周辺地域との軋轢や一向一揆の情勢、国内の内紛、朝倉家の血統についての蹉跌など、いくさに勝った負けただけではない混沌とした歴史の総体がその地域ごとにあるのだとわかる。
某オンライン書店のレビューの移転中。最近は海洋冒険小説について研究してます。
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戦争の悲惨さというだけでなく、過酷な状況に飛び込み、突き進んで行く人間の心象が表されているのではないか。個人、組織、国家などが争い、脅かされていても、立ちすくんではいられない。戦後大陸から引き揚げてくる人の話はいろいろあるが、ここでは戦争というものが、荒々しさを育てるための培養装置のようだ。いわれなき悪意や不条理にも、自分の力で戦う力、悪徳、悪趣味、野蛮、モラルからの解放、そういう牙を内面に飼っておくことも、多様な価値観の対立が増すほどに、重要になっていないだろうか。