
相変わらず富野由悠季の文は難解で読み難い。その上に、哲学的は要素も意図的に混ぜているので混沌を極めている。また、本作は肉欲と愛を全面的に押し出した内容となっており、かなり癖の強い文句も随所に綴られる。ただ、個人的に、ララァとアムロの感応の発端を、男女の恋愛に紐付けたのは、俗過ぎて腑に落ちない。理解や共鳴という概念を、恋愛感情に回収してしまったことで、人類の革新たるニュータイプという思想の枠組みが一気に狭まったように感じたからだ。
そう、シャアはシロッコの言う通り「ニュータイプの成り損ない」である。時間や距離に関係無く他人や物事を理解し合える、つまり人類の革新を体現できていたのは、アムロとララァの2人であった。復讐に執着し、幼少期に得られなかった母親からの愛をララァを通して求めるシャアは、実に俗で人間臭いが、人類の革新からは程遠い存在である。勘違いしがちであるが、単にサイコミュ、ファンネルなどが使えるからといって、それがニュータイプの証左という訳ではないのである。
相変わらず富野由悠季の文は難解で読み難い。その上に、哲学的は要素も意図的に混ぜているので混沌を極めている。また、本作は肉欲と愛を全面的に押し出した内容となっており、かなり癖の強い文句も随所に綴られる。ただ、個人的に、ララァとアムロの感応の発端を、男女の恋愛に紐付けたのは、俗過ぎて腑に落ちない。理解や共鳴という概念を、恋愛感情に回収してしまったことで、人類の革新たるニュータイプという思想の枠組みが一気に狭まったように感じたからだ。
母性溢れる母乳サキュバスのシャルロット、クール系フェ◯チオ狂いのセラム、メスガキ系ア◯ル大好きのパルミラといったメイドが登場する。しおこんぶ先生のイラストは素晴らしいが、それぞれプレイの内容が散漫気味でイマイチである。
あとがきのコメントについて。私はそもそもあまりキャラグッズを買わない。どうしても買う際は、よく吟味して1点だけ買うようにしている。金銭的、保管場所的な都合上、なかなか大人買いや衝動買いはできない世知辛さがある。
主人公に純潔を売り、レッスン料も併せて15万円を手に入れる。そして、亜梨沙は今度は事前にノルマ料を入手しようと試み、率先して再度主人公に身体を売るが、オーディションに落選する。合格した周囲の子たちは、親からの援助であっさりとチケットノルマをクリアしていた。 周囲と自分との境遇の違いに絶望した亜梨沙は、主人公に「抱かれて嫌なことを忘れよう」と「自暴自棄」になるが、主人公に諭される。亜梨沙は再度お願いして、もう二度と孤独な気持ちになりたくないという思いから、肉体的繋がりを通して精神的繋がりを得ようとする。
亜梨沙は主人公に依存した上で、心から愛し、そして性の快楽に溺れてしまう。一方、主人公は亜梨沙との関係性を将来的に決断するとしつつ、彼女が夢を追う限り応援すると決意する。亜梨沙は不確かな夢のために身体を売り、純潔を犠牲にした。実際、芸術は金銭を非常に必要とする世界ではあるが、自身を犠牲にしないといけない「夢」は果たして「夢」なのだろうか。亜梨沙は主人公で孤独を埋めるために依存しているだけであって、本当の愛ではない。主人公は若くて可愛い亜梨沙をパートナーにできて幸せだろうが、亜梨沙は本当に幸せなのだろうか。
正直、ビジュアル重視の抜きゲーとしては素晴らしいと思うが、ゲームシナリオは酷く乱雑としてしていて読めたものではない。本当にストーリー性が皆無であるため、本作品はゲームで楽しむのが1番であろう。(値段はかなり高い)
快楽漬けに成功したが、妹の性欲の箍が外れ、妹は主人公が疲弊するまでセ◯クスするようになる。それでも満足できない妹は、「オニイチャンコントローラー」を使って、自身が満足するまで兄に腰を振らせる。因果応報である。
義妹の周りにいたVR仲間の貞操観念が緩かった上に、主人公と喧嘩したストレスでNPCとヤリまくったという。かなり特殊な作風であるため、受ける人と受けない人が別れそうな気がする。
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そう、シャアはシロッコの言う通り「ニュータイプの成り損ない」である。時間や距離に関係無く他人や物事を理解し合える、つまり人類の革新を体現できていたのは、アムロとララァの2人であった。復讐に執着し、幼少期に得られなかった母親からの愛をララァを通して求めるシャアは、実に俗で人間臭いが、人類の革新からは程遠い存在である。勘違いしがちであるが、単にサイコミュ、ファンネルなどが使えるからといって、それがニュータイプの証左という訳ではないのである。