形式:単行本
出版社:東洋経済新報社
形式:Kindle版
この本を読む前に読んだJR東海の葛西敬之氏の評伝『国商』と比較すると、あくまで後世から評価した結果論なのだが、国鉄改革のためには動労と積極的に手を組み、しかも分割民営化が実現されるとすぐに手を切った葛西氏の行動はほとんど最適解に近かったように見える。本書の感想としてはややずれるのだが、対照的なJR東日本・JR北海道の例を見ると、彼が毀誉褒貶はあれど大局観や意志の強さという点では偉大な経営者であったことは間違いないのだろうなあ、と思った。
子供の頃に撮り鉄&乗り鉄だった私が吞み鉄に育たなかった理由は、池袋の踏切番が仕事中に洗濯しながら七輪で魚を焼くなんて当たり前の至る所で観た国鉄職員の堕落した姿に幻滅したからです。
長文はこちら→https://www.honzuki.jp/book/313676/review/285712/
そうです。字数の制限で省略しましたが、中曽根内閣のもう一つの狙いとして”…(国労)潰し。そして、その国労が中核をなし、社会党をはじめとする革新勢力の原動力となっていた「日本労働組合総評議会」(総評)の解体である。”とハッキリ書いてあります。メンタリティはそうなんでしょうね。革マル=松崎には戦略があり、表面的大義より組織温存・拡大の為、中曽根=国鉄改革派と手を握ったのでしょう。
国鉄問題は、多分に戦後復興のプライドの勲章を暗示された問題だけに(私はそう思っている)深すぎる。所謂ブルジョアジーの思惑の中で遊ぶ組合幹部という言葉があった。労働貴族幹部が伊豆にクルーズ (実はプレジャーボート)を遊ぶ写真は雑誌フラッシュだったか?。組合再生を求める機関区の外郭車両清掃社夫たちの顔。キオスクも無くなりました。
「僕が嫌だったのはそういうこと(組合の思想)ではなく、職場(分会)の(組合)役員連中でした。正直、ウザいというか。彼ら、はっきり言って、仕事ができない奴が多いんですよ」ここから始まる大卒のjr東日本社員の発言とその後のjr東日本の労組OBが大卒社員の組合運動への意欲の無さを嘆き、高卒社員が組合運動の中核を占めているという話が対比としてあまりに明確に出来ており、その後の連合会長・神津の「「労働組合」というものは「横」に繋がってこそ価値を発揮するものなんです」との言葉が最も的確に問題点を指摘しているのかなと。
自分がこの本を読もうと思ったのは松本創の「軌道」において当時のjr西日本の社長が事故の原因として国鉄民営化の影響を語っていた事、又国鉄改革三人組と呼ばれた経営者の一人としてjr西日本の会長であった井手正敬の存在があったからだが、読んでみると著者なりの視点ではあるにしろ三者三様で考え方が異なる部分はあり、民営化の為に革マル派が所属していた動労と協力すべきと他の二者に呼びかけていた葛西が最も柔軟であった様に見える。
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