形式:単行本(ソフトカバー)
出版社:NHK出版
伝統の解体は個人を自由にし、自律した個人が社会の秩序を形成すると期待された。しかし19世紀末に欧州のエリートが近代に見たものは集団としての「大衆」(≠ 自律した個人の集合)だった(p206)。大衆の発見と軌を一にした危機意識を背景に、伝統のくびきに代わり個人を無自覚に制約するしくみ(官僚制など)や価値観に注目が集まるようになり、社会学が生まれたという。
第1部では社会学全体のアイデンティティを他の学問との比較を軸に論じてもいる。対比されるのは経済学で、経済学は現象を個人の行動の集積として分析する「方法論的個人主義」に依拠するとされる。一方で社会学は知識や文化、ルールといった、個人に先立って集団で共有されるコンテクスト(「形式」)を対象とする「方法論的全体主義」に拠るらしい。
というか、2009年にはこうして学部生向けの教科書として学術史の観点から交通整理されている議論を、SNSでは特定の対象をめぐって経験的にあーでもないこーでもないとやっていること、それから、自分自身もこういった知見を参照することなく「あーでも、こーでも」の段階で堂々巡りしていたことを、だいぶ内省することになりました。ある研究言説をもって「社会学は個人的な経験に依りすぎている」という批判のやり方(と、それに対する応酬)そのものが、普遍性を欠いて経験に頼った議論なのかなー、って。
タイトルは『~入門』であるが,思想史・芸術史,社会学のビッグネームについてある程度の知識がないと楽しみきれないだろう。1年生の後期に開かれた授業が元だそうだが,学生さんはきっと大変だったに違いない。よくわからないなりに聞いておいて,学びが進んでくるにつれ,「ああ,あのとき習ったのはこういうことだったのか」と思い出されてくる,そうした種類の教えを意図しているのだろうか。
社会学は「近代の自意識」であるモダニズムが産んだとするアイディア(p. 117)の着想が岡田暁生『西洋音楽史』から得られたというのは驚きとともに納得がある。
本書で社会学と文化人類学との見分けが段々付きにくくなっているという指摘があったけど、文化人類学の入門書にも同じことが書いてあったなと思うなど。文化人類学と言えば、どうしてもモルガンとかマリノフスキーとかその手の古典的なやつを連想してしまうけど、文化人類学もそこから問題意識が変わっていってるんですよね。
また、社会学が担ってきた部分を、この文化人類学とか経済学とか心理学など他の分野が侵食してきて段々ニッチな部分がなくなってきているという指摘もあったが…
そういうことだったのか、と感じさせられた。
この機能をご利用になるには会員登録(無料)のうえ、ログインする必要があります。
会員登録すると読んだ本の管理や、感想・レビューの投稿などが行なえます