「瞬間 序章」
衝撃が走る。
鋭い一撃に頭がゆれた。
ふりかえるとあいつは、見とれるほど綺麗な残心をとっていた。
「面あり!」
いつの間に!
今は俺の小手はよけられない、そのうえチビのあいつが俺の面に届かないはず。
動きどころか、俺は打撃の瞬間を見失った。
――――――
小学五年の冬の日。
剣道の交流試合で、相手の道場にきていた。
こんな寒い日に寒稽古するのはどういうことだよ。
そう想いながらも大将の俺は二人に勝ち、残る敵は1人、相手大将、これで勝敗は決まる。
「両者 構え!」
先生の声に互いに正眼に構える。
最初の印象はチビ女、人数が少なくお互いに男女混合メンバーでの試合、相手は女子だ。
そして、チビの構えを見てわかる。
小手が隙だらけ。
なるほど、捨て大将だ。
人数合わせで弱いヤツを最後にのこしたにちがいない。
「始め!」
まずは一本!
俺はお手本のように、一気に遠間から踏みこみ、竹刀を浅くふり打ちこむ。
「コテーー!」
一瞬で終わるはずだったが、そこにあったはずのチビの腕が消えた。俺は見失う、そうだ、消えたんじゃない、すり抜けたんだ。
気づけば面金に寒雷のような一撃。
「メーーーンーーー!」
小手抜き面を決められた。
打ちこまれる一瞬に小手を逃がし、同時に面を打ち込む技。
面を打つために大振りになるから、普通は決まる技じゃない。だがチビの一撃はちがった。
――――――
こうして、俺はチビに一本をとられた。
でも、あと二本とれば俺の勝ち。
俺のほうが身長は高い。上段なら手はだせないだろ。
竹刀を頭上にそえ上段に構える。振り上げる動作がいらないから攻撃が早い。
これなら……
しかし、気づく敵の正眼は完璧。 立ち姿から下半身の力強さ、竹刀の先までケチはつけられない。
まるで、冬の月。
いや、ただ、小手に隙はある。
逆にいうとそこしかない。
そうか!
愕然とした。あの小手はワザとだ。
気づけば、俺は恐れるように、ひきよせられるように竹刀を振りおろす。
狙うは守りの固い面だ、そこしかない。
二連撃、三連撃、四連撃と竹刀を振りおろし、次々と打ち込んでいく。
石走るように、激しく、隙を叩きつくすように。
しかし、一本も入らない。
これだけ撃ちこんで、なんで一本を取れないんだ。
「ハァハァハァハァ」
息が白くもれていく。
攻撃の手をゆるめ、わかった。
竹刀の腹で攻撃が反らされいる。ずっといなされていたんだ。
嘘だ!
俺は後に下がる。その動きに合わせ踏みこみ、竹刀が弾かれた、態勢が崩される。
柄を下げてこばむが……間に合わない!
敵は懐に入りこむ。
「胴ーーー!」 敵は鮮やかに抜き胴を決めた。
痛くないのに、体のシンに残る一撃に震えてしまう。
この残響だけで、格が違いをわかった。
――――――
くやしい、くやしい くやしい。
「どうして、届かなかった」
そうだ、次があるだろ、次が。
今度こそあいつに勝つんだ。
まずは『渡辺六花』とボードに名前が書かれている。よし、名前は覚えた。
次は顔だ。
そうして俺は、敵の顔を見る。
「えっ?」
いままでの意識が氷解していた。
面を外す彼女の姿にみほれてしまう。
仲間たちの称賛に、ハニカムように笑ってうけいれていた。
まるで、小春日和ような静かな笑顔だった。
今おこなった試合とは違った普段の渡辺六花の顔をはじめて見ていた。
その敵ではない自然体の姿を。
――――――
そう、これが俺が恋に落ちた瞬間だった。
他のコミニティで書いているものですが、こちらでもだしてみます。剣道物で、専門用語とか難しかったりします。感想やダメ出しなど、
よろしくおねがいします。
この機能をご利用になるには会員登録(無料)のうえ、ログインする必要があります。
会員登録すると読んだ本の管理や、感想・レビューの投稿などが行なえます