
因(直接的な原因)に加え縁(間接的な原因)があることによってはじめて結果があらわれる。ディグナーガは、名前は「他の否定」を表すにすぎないと主張。密教と顕教。密教は、釈迦を超える仏が説いた教えであると密教の側は主張する。智慧を果とするとき、我々の内部にその因となるものが備わっていなければならず、それは智慧そのものとも言えるから、人間は本来覚っていると仏教では言われる。自己は、身体と環境が循環・交流する総体、あるいは身体を焦点に主体と環境が交流・交渉するその総体。だから環境も自己自身であると言える。
向上門という観点によれば、1には10が内包されている。それは他の数字も同様。ここで、1は実体的存在でないことに注意しなければならない。言うなればn?「世界」という語は実は仏教用語。「世」は時間、「界」は空間。
大学からの記録
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