辻褄を合わせるかのような言葉には心が宿らないように、答え合わせのために組み立てられた物語は同じようにつまらない。そう、虐げる者と虐げられる者の境界を論じるのと同じくらいに。

今になって何故この本を手に取ったのだろう。ふと思い出してしまう。彼女が確かにそこに居続けた時間を。出会ったあの頃を。あの頃は腐った日常でしかなかった日々が、いつだって思い返してみれば今の僕たちにとっては透明なメモリーになりつつある。今だって常識や慣例のような、既成の物差しで物事を捉え苦しんでしまうのは何もこの時代の若い彼らだけのことではないって知っているくらい、あれから歳を重ねてしまったんだな。

人生は物語だ。物語性を欠いた時、人は模倣することで自己を補強しようとする。今が過去になり未来が今になるような記憶の断片化が、連続しない記憶が世界から切り離されると怯えたからこそ、人は死後の世界を創り出した。DNA以外の方法で人から人へ継承される情報＿＿人生の物語であるミームが急激に成長し、死後の世界が消滅した未来。DNAと同じように人を乗り物にして複製を繰り返す存在。そんな存在を何と呼ぼう。では人とは何か？怒涛のラストにその答えはあるのかもしれない。

日出男はここでも日出男だった。幻のデビュー作にしてゲーム小説と言われる混沌としたジャンルに新たな基盤を築くかの様な、ジャンル古川日出男はすでにこの時からここにあったなんて。完成度の高い新たな幻想小説の傑作が、まさか未完のままだなんて。それでも確かにその世界観は形を変え、千一夜の物語として、あのアラビアの夜の種族を描ききった日出男は本当に素敵だな。

この物語の冒頭の様な雰囲気で、妻から病名を伝えられたあの日を思い出す。唐突な、でも心の中ではやっぱりって、その後押し寄せるあらゆる言葉という感情に息ができないくらいに締め付けられたあの日ことを。世界がこんなにも危ういなんて知らなかった。目に見えないから形にして可視化することの意味を考えると、なるほど時間も命も、生きた証も道標としてあったからこそ、世の中が回っていたんだって気づく。物語の中の彼女の様に、いつだってきっとそこに在るんだって思えたらなんだか救われた気がした。

辻褄を合わせるかのような言葉には心が宿らないように、答え合わせのために組み立てられた物語は同じようにつまらない。そう、虐げる者と虐げられる者の境界を論じるのと同じくらいに。