
妻子は毎日を生き抜くために余裕なく過ごしている一方で李徴は本能に任せて生き、時折家族の身を案じる程度、しかも自分の詩の方が優先順位を高くしている。そのような男に対する心配を妻子がするだろうか。あげくの果てに久しぶりにあった友人に妻子の面倒を見てもらうようお願いする体たらくである。この状況でお願いをされたならば断りづらく、断ったほうが「人でなし」と感じさせられてしまう状況でこのようなお願いをする他力本願な李徴に責任という概念はなく、やはりなるべくして虎になったと言わざるを得ない。 (続く)
李徴は最も欲しいもの(地位や名声)を得られないまま他のもので欲求を満たそうとしている。その生活はどんなに肉体的に満ち足りていても精神的に満ち足りることはなく、空虚を伴う。そう思うと私自身は本当に得たいものを得られているだろうか、私もまた他のもので欲求を満たす虎なのかもしれない。 そして、もう戻れない自分の過去の姿を思い返し、懐かしむのではなく悔やんでいる私は紛れもない虎である。 (おわり)
また、仮にイワンが被虐待児を見過ごす神はおかしいと主張するならば、その被虐待児が神を信仰できるような環境に連れ出す事がイワンの責務であり、そのためにはトルストイのような愛の実践をするなどをして人間が人間を助ける(救うのではない)ことで神の偉大さを被虐待児に知らせる事が重要だったと思う。そのためにはその人自身が信仰をする必要があるのだろう。要するにイワンは思想だけ大きく批判しかせずに実際に行動しなかっただけの人物に感じた。 (続く)
さらに、神の偉大さを知らせよう、ということは「神ならばどうするか」と自分に問う時に起こす行動であり、それにより自分の行動が神の行動と一体化することなのだと思う。それはつまり個々人の中に神は存在しており、その神の実践が自らの喜びに到達するという倫理的規範となるべきものが宗教であるべきだと考える。 その中でキリストの考え(隣人愛)が素晴らしいと思う。 ダンテを読むことで長年疑問であり課題であったイワンの問題に対する自分なりの解答ができて非常に満足する読書体験となった。(終わり)
海外の古典、近代文学を好んで読みます。ロシア、フランス、ドイツ系の文学が好きな反面、アメリカ文学はどうにも馴染めません。頭悪いので本を読んでも理解薄いですけど、何かおすすめの本とかあれば教えていただければ嬉しいです(・∀・)
今のところ好きな作家は、
ドストエフスキー、トルストイ、オスカー・ワイルド、カミュ、ポール・オースター、サン=テグジュペリ、ゲーテ、パール・バック、スタンダール、モーパッサン、リチャード・ケネディ、ジッド、ポール・ギャリコ、バルザック、オスカー・ワイルド、ディケンズ
宮沢賢治、谷崎潤一郎、夢野久作、島崎藤村、清水義範、中島らも、高村光太郎、安部公房、泉鏡花
です、我ながらベタですね。もっといろんな名作読んで幅を広げたいです(´・ω・`)
つぶやきは、本を読んでいてグッと来た場面を書いたり、ぼそっと思ったことを書いたりします。
誰でも仲良くしてください(╹◡╹)♪
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また、仮にイワンが被虐待児を見過ごす神はおかしいと主張するならば、その被虐待児が神を信仰できるような環境に連れ出す事がイワンの責務であり、そのためにはトルストイのような愛の実践をするなどをして人間が人間を助ける(救うのではない)ことで神の偉大さを被虐待児に知らせる事が重要だったと思う。そのためにはその人自身が信仰をする必要があるのだろう。要するにイワンは思想だけ大きく批判しかせずに実際に行動しなかっただけの人物に感じた。 (続く)
さらに、神の偉大さを知らせよう、ということは「神ならばどうするか」と自分に問う時に起こす行動であり、それにより自分の行動が神の行動と一体化することなのだと思う。それはつまり個々人の中に神は存在しており、その神の実践が自らの喜びに到達するという倫理的規範となるべきものが宗教であるべきだと考える。 その中でキリストの考え(隣人愛)が素晴らしいと思う。 ダンテを読むことで長年疑問であり課題であったイワンの問題に対する自分なりの解答ができて非常に満足する読書体験となった。(終わり)