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2024年2月の読書メーターまとめ

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2024年2月に読んだ本
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2024年2月にナイスが最も多かった感想・レビュー

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環太平洋に分布する民族資料にある贈与と交換による「全体的給付」の現象は、交換経済を謳う文明国にも見られる。与え、受け取り、返礼するという3つの義務からなる贈与の環は、与える側に名誉や権力を、与えられる側に負債をもたらし、返礼を促す。このサイクルは、物や行為には神や死者の霊が込められており、返礼(反対給付)しないと贈り物が災いをもたらすという世界観から出てくる(ゲルマン語由来の「gift」の贈り物/毒の両義性)。本書は、経済に限定された交換概念を、贈与も含めた「全体的社会的現象」として捉え直す契機を与える。
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2024年2月にナイスが最も多かったつぶやき

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ル=グウィンに再会し続けた先月だった。物語が人類学ベースなので、ベイトソン読書と並行してとても示唆に富んだ読書の時間を持つことができた。次はSF路線継続でブラッドベリに行くか、人類学路線に向かうか迷うところだ。グレーバー『万物の黎明』が面白かったし。2024年1月の読書メーター 読んだ本の数:32冊 読んだページ数:10156ページ ナイス数:433ナイス ★先月に読んだ本一覧はこちら→ https://bookmeter.com/users/743402/summary/monthly/2024/1

ル=グウィンに再会し続けた先月だった。物語が人類学ベースなので、ベイトソン読書と並行してとても示唆に富んだ読書の時間を持つことができた。次はSF路線継続でブラッドベリに行くか、人類学路線に向かうか迷うところだ。グレーバー『万物の黎明』が面白かったし。2024年1月の読書メーター 読んだ本の数:32冊 読んだページ数:10156ページ ナイス数:433ナイス  ★先月に読んだ本一覧はこちら→ https://bookmeter.com/users/743402/summary/monthly/2024/1
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2024年2月の感想・レビュー一覧
29

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63編の論文からなる原書Race, Language and Culture (1940)の約3割が邦訳された本書だが、アメリカ人類学の基礎を作った著者の広範な業績が見渡させる構成(人類学の方法,北米インディアンの神話と民話,言語文化と装飾芸術への展望)である。著者は人類学を考古学、言語学、自然人類学、文化人類学の連携からなるとし、当時優生学に向かう科学主義的人種主義に反論して文化相対主義を主張した。本書では、文化と環境の関係から音韻や指示対象の多様性まで西洋的言語観を相対化する議論を辿ることができる。
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マリノフスキが儀式等を個人の欲求から生じた機能と捉えたのに対し、著者は集団が社会を成り立たせるための機能と捉え、人類学に理論的基礎を与えたとされる。インド洋東部のアダンマン島を調査した著者は、文明社会が宇宙や自然界に法則を見出すところに儀式が発生する点に注目した。季節の変化や動植物の多様なのリズムは人間の社会生活のリズムと異なる。それゆえ儀式は自然と社会を因果関係的に捉える社会の機能と捉えられる。また、なじり合いが敵対とされず冗談となる関係は、集団の連帯を作る「友情関係」が通底にあるという指摘は興味深い。
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E・リーチは著者の記述について、トロブリアンド諸島のフィールドワークでは生き生きしているが、文化一般を語る人類学理論を提示す場合は凡庸だと批判した。構造人類学の先駆者の1人とされ、現地を歩き各要素の連携の仕方から機能的に社会を捉え、進化論を軸とする書斎の学だった既成の人類学を厳しく論駁した著者だが、死後編まれたフィールドワーク時の2年間の日記には、自らの中の既成の人類学にある観念や偏見に対する戦いや、調査対象の女性への性的欲望に対する葛藤が赤裸々に記される。その中で描かれる異文化の風景や月はとても美しい。
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トロブリアンド諸島では子供と父親に生理的繋がりはないとされ、母方の兄妹が子供を扶養する一方(母系)、兄妹は家庭内では親しい関係として育てられない。兄妹相姦のタブーは父親の生理的無関係性を惹起し、家族自体の関係の崩壊を意味する。ここから本書は、性の社会的的機能という観点で、外婚制と一族の連帯という要素から、父方の叔母の子供と母方の叔父の子供の交差いとこ結婚が出てくる過程を取り出す。なお外婚は女性の鼻のあたりに油を塗る魔術によって促され、魔術の正当性の是非については死後死体を裂いて確認するという死生観を作る。
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近代以降の法治国家における法という考えはギリシャ・ローマを起源とする判例法や制定法のような文字化された法を主に指している。それに対して本書は、文字のない、国家のない社会における「未開法」という考えを示した。ニューギニア・トロブリアンド諸島を調査した著者は、集団の慣行に従う社会にもそれとは別に規範からの逸脱として法があることを、外婚制から逸脱した者への制裁事例から検討し、逸脱の基準が社会の基盤を揺るがす点にあると捉える。本書は、当時素朴と見なされた未開社会が複雑な関係をなしつつ保たれている点を前景化する。
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フロイト「トーテムとタブー」を批判し、父権社会のみならず母権社会(母方の叔父・伯父が父親の役割を果たす)の存在を強調する著者は、一方で、進化論に依拠する当時の人類学に対して、社会の機能(この場合性と抑圧の別のタイプ)を調査資料から示し、本能は固定されず可塑性を含むと主張する。フロイトはゴリラの社会と人間社会をを区別なく父権社会と捉え、父になるための競争社会が父殺しとタブーを作るとしたダーウィンの言及からエディプス・コンプレックス仮説を立てた。本書は、ゴリラと人間社会の人類学的区別から綿密な批判を展開する。
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著者がニューギニアで調査したのはクラ(モース『贈与論』でこの語は「環」と訳される)という海洋交易である。ヴァイグアという貝の首飾りを贈与するトロブリアンド諸島を時計回り/反時計回りする大掛かりな航海である。贈与する側は怒り、贈与される側は不機嫌な顔で交わされる場面等をビジュアルに記す本書は、贈与と返礼を繰り返し、文化が混ざり合い、部族間の連帯を作り、世界の不均衡を回復させる役割をクラに見出す。本書は、相手の理解に苦闘する著者の記述の向こうに、<出発-冒険-帰還>の円環を描き続ける物語の深層も垣間見せる。
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本書にはデュルケーム「トーテミズム論」とデュルケーム+モース「分類の若干の未開形態について」の2論文が収められる。前世紀初頭のアメリカとオーストラリアのトーテミズム資料を検討する著者たちは、未開状態に西欧近代の科学の基本概念にある類(classe)に分ける思考の存在を見出す。この主張はレヴィ=ブリュルの融即の法則(別々のものを結合して同一とみなす未開社会の心性)への批判をなす。本書では、自我を基点として対象と対立関係を作る西洋に比べて、未開社会では物的、社会的、宗教的関係が平行関係を作ると構造的に捉える。
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人類学的観点から社会を捉える著者は、前巻で「全体的社会的現象」としての贈与と交換、そして西洋近代には払拭されたかに見える呪術から近代以後の社会を再考する契機を与えた。本巻では「全体的人間」をモチーフとし、心と身体、心理学と社会学を今を生きる「現実」から捉え直す。著者が注目したのは、社会だけでなく生きるための教育であるタブーと生きた身体の「技法」である。身体の動き(泳法の例)の教育から検討を始める著者は、環境と身体、道具と身体の結びつきの教育から、意識だけでなく無意識と混ざり合う人間の「全体」を見て取る。
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本書には「呪術の一般理論の素描」と「贈与論」を収められている(単行された「贈与論」はレビュー済み)。政治、経済、社会等専門化した学では捉え難い「全体的」な社会現象として呪術を扱う前半の論では、様々な民俗資料を辿り宗教との違いから呪術の説明を試みる。が、呪術は全体的ゆえに説明から逃れる。そこで呪術を3要素(呪術師、呪術儀礼、呪術表象)に構造化した著者は、呪術行為(接触、類似、対立)と自然を因果関係で結び、世界をマナ(力)の充満と捉えようとする。この過程が構造主義の萌芽を思わせる。(序文:レヴィ=ストロース)
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環太平洋に分布する民族資料にある贈与と交換による「全体的給付」の現象は、交換経済を謳う文明国にも見られる。与え、受け取り、返礼するという3つの義務からなる贈与の環は、与える側に名誉や権力を、与えられる側に負債をもたらし、返礼を促す。このサイクルは、物や行為には神や死者の霊が込められており、返礼(反対給付)しないと贈り物が災いをもたらすという世界観から出てくる(ゲルマン語由来の「gift」の贈り物/毒の両義性)。本書は、経済に限定された交換概念を、贈与も含めた「全体的社会的現象」として捉え直す契機を与える。
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エスキモーは夏は核家族化してトナカイを追い、冬は集団化して宿泊所に集ってアザラシを狩って生活する。気象条件による2つの社会の交替を見出す本書では、トーテム的宗教儀式が見られるのが集団化する冬であり、核家族化した夏にはない点にも注目する(冬には「妻貸し」の性的共同性も生じる)。叔父デュルケームの創始した社会形態学を実証主義的手順でまとめた本書は、気象条件による社会変化という生態的な面から宗教儀式の形成と解体の繰り返しを社会形態の通時的な「交換」性として取り出し、定住的な農村や都市にも潜在することを示唆する。
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人類学者の著者は社会主義者だが、国家に抗するトーテミズム的な権力分散的社会を念頭にして、中央集権的シャーマニズム社会の末裔たる近代国家を見据える。1920〜50年代の3本の論文を収めた本書は、生産中心の社会主義がソ連のようなトップダウン的独裁を作り出した、と批判する。著者は、贈与と交換によって社会を作る人々をあえて「国民」と呼び、国家が言語や人種の同一性を強制する国民概念に異議を申し立てた。異質なもの同士の連帯が前提になくては、贈与と交換は機能しない。「有機的連帯」というビジョンは今もその批判力を持つ。
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供犠を社会的機能として単純化すると、集団のために個人が犠牲になることを是とするように思える。が、供犠を行う祭司に注目する著者はこの儀礼で「お返しをもらう」個人の利益にも注目する。集団と個人、贈与と交換という著者の贈与論の萌芽が垣間見える本書では、両者の均衡を図る社会システムが念頭にあるようだ。ヘブライやアッシリア、ギリシャ・ローマの神話はその均衡を語る。が、歴史はその不均衡から戦争と虐殺が起こったと記す。機能から供犠の理解を促した古典とされる本書だが、その不均衡の只中に人間を置いたのだろう(1898刊)。
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中国学者ヴィルヘルムの本に出会い、自分の描いてきた絵と東洋の曼荼羅との類似に気づくまで、西洋文化の中にいた著者は真に孤独だったという。アートを対象として捉える同時代の西洋でアートを生の技法とする東洋に出会う過程を念頭に本書を開くと、『タイプ論』で現実に反応する感覚とそうでない直観を対立的に捉えた著者自身のタイプ(直観型)が前面に出てくるのは確かだろう。自ら住むボーリンゲンの塔の石組みを生のアートとして自ら組んだ著者が、絵や彫刻を直観の表現とし、自らの意識と無意識の均衡を図ろうとし続けた軌跡として眺めたい。
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20世紀の2つの大戦を経験した著者は、「祖国」概念の変容を十字軍遠征の時代に見出す。「祖国」が天上界を指した時代、天上の「祖国」へ赴く意味が殉教にあった。が、2世紀を跨ぐ遠征で「祖国」は教会と王権の支配するキリスト教圏を指すように俗化される。クレルモン会議で兵士の罪の赦免がなされると天上の祖国への愛は地上での同胞愛(カリタス)にシフトし、神の身体(代理)である教会も戦争によって王権の政治経済力と結託する。1965年に刊行された本書には、さらに死の尊厳を巡る中世の死と現代の殺戮の倫理的違いへの言及もある。
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S・ゲオルゲの民族主義を第一次大戦後のドイツに求めたとされる著者が1927年に書いたのは、ドイツ連邦国家の原型を作った13世紀のローマ皇帝をカエサルの復活と捉えるロマンティック(ローマ主義的)な伝記だ。30年後刊行の『王の二つの身体』読後に本書を開くと、教会権力と戦い続けたこの皇帝の足跡を辿る著者には、国家に対する自らの時代の課題があるように思える。本書は、中世末期古代の書物が翻訳されるイスラムとの交流で教会の信仰に抗する王の理性が研磨され、後に政治的身体と呼ぶ象徴的な力が王権を強める過程としても読める。
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政治的/自然的という王の身体の2属性を遡行的にキリストの受肉に見出す本書は、一方で、国家の出現をキリスト教会の衰退と王権の力の拡大の歴史に沿って捉える。その際、王の身体は頭と体に分けられ、王冠を被る頭が政治的身体を象徴し、体は集団と自然的身体を表す法人のような有機体イメージのトップダウン体制の形成を、ダンテ『神曲』と『帝政論』から詳細に比較検討していく。一方、国王二体論モデルをさらに神の被造物としての天使に遡る著者は、現代メディアのモデルである天使のメッセンジャー的役割が担う二重の特性も垣間見せてくれる。
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王の政治的身体と自然的身体を分けるという国王二体論について、本書は序盤にシェイクスピア『リチャード2世』の議論をその具体例として示すところから始まる。歴史は中世から近代への移行を教会権力の弱体化とともに王権が力を得たと説明する。一方、中世の瑣末に見える論理が繰り広げられる法的文献や王権を表象する図像を詳細に読み解く本書は、歴史を遡りつつ神と人間の子であるキリストの受肉にその相似を見出す。さらに折り返すようにして神学の受肉に関わる聖性の議論が法学での王の身体の法人化の議論(政体有機体論)に変容する様を辿る。
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国家に従属する社会から見れば、国家に抗する社会は国家を欠如した未開社会に見える。が、著者は国家に抗する社会の調査を通じて、国家を当然とする社会の従属状況を読者自身の現実として指し示す。国家に抗する社会では戦争状態における戦士とそれ以外の状態の首長を見張る人々が重要な役割を果たす。人々の行為が、権力を求心化する可能性のある両者に遠心化、分散化する力として働くからだ。著者のインタビューを収めた本書は、主に首長に権力が集中しないような社会の努力が語られる。背景には、内なるファスジムに向かう現代社会の危機がある。
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帝国主義国家の植民地拡大に伴い発展した人類学が文化のみならず政治を扱うには、未開社会から国家を捉え直す必要があるのだろう。未開社会に文明社会と同等だが異質な思考を認めた構造主義を批判した著者は、未開社会を国家に向かいつつも国家に抗う社会と捉えた。この社会が戦争を物資の収奪や領土拡大のためでなく、権力の未分化状態の維持のために行うのは、分化と共に国家が出現するからだという。死なる区分と求心的権力をもたらす戦士に注目する著者は、戦士の死と引き換えに社会が未分化な生に回復するという捉え方に未開社会の政治を見る。
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本書は、未開社会は未分化であるという前提からデュルケムの社会分業説を批判する。また、戦争と暴力の考察では、生物学的本能(ルロワ=グーラン)、貧困からの脱出の目的(マルクス主義)、商取引としての交換の失敗(レヴィ=ストロース)という説の中に狩猟の延長としての戦争という前提を見出し、物質の奪取を前提とした社会の拡大でなく、共同体のアイデンティティー維持という精神面から戦争を行う社会があることを、自らの人類学調査から演繹的に論証する。が、支配/被支配のない社会がどこまで未分化なのかは、さらなる検証が必要に思う。
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時は永遠だが、我々は不幸な場所にいる。そして人間は皆不完全なのだ。南米のグラアニ族の神話はこう語る。シャーマンはその「大いなる語り」を神々の耳に響くように歌い、それを聞く人々は新たな土地へ向かう。個人と社会や自然との間を取り持つとされる呪術は、そんな宇宙観を持つ彼らに新たな土地を求める動機を与える。16世紀初頭は数十万人いたとされるグラアニ族は、インカ帝国やヨーロッパ人の侵入に対して移動しつつ生き延び、著者の調査した20世紀中盤に数千人規模になっていたという。本書は彼らに移動しつつ国家に抗する社会を見る。
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本書には、民族誌にありがちな書き手の懐古的ロマンティシズムよりもパラグアイ先住民アチェの人々の絶滅の危機を前にしたペシミスティックなトーンが漂う。それゆえペエル(白人)との戦いの中の先住民に溶け込みながら、著者は彼らとの隔絶を経験し記すことになる。一方それが彼らに寄り添うことにもなるのは、アチェの人々が遊動しつつ自然や動物や他の人々を分離しながら繋がる関係と捉えるように見えるからだ。壮健な男の死の際には、敵への復讐より先に彼の娘を殺すジュピュの儀式が行われる。著者はその実行者の戦慄の表情を戦慄しつつ記す。
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未開社会を平和な「冷たい社会」としたレヴィ=ストロースの見解に対し、北米先住民の調査した著者は、彼らが戦いながらその拡大を抑制して国家を拒否したと捉えた。本書は、北米原住民の首長(シェフ)が王にならないようなバランスをとる社会システムとして2点から考察する。まず権力と言葉の関係では、首長が行う長長舌は言葉を暴力から引き離すものとし、次に権力と交換の関係では、首長に交換不能な自然の贈与の役割を担わせる、と。国家を暴力装置と想定する著者だが、国家を作る権力と暴力が言葉の内にあるのでは?と問う終盤が興味深い。
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中巻の精神医学から生物学、動物行動学、生態学へ移行する本巻の主題は、デジタル化した精神の無限後退の病であるダブルバインドから、生物をデジタルに区分する生物学に関係概念を導入した進化論へと移る。その際、遺伝子型(デジタル/系統発生)と表現型(アナログ/個体発生)の関係を考察する著者は、両者の協働する生命を構想する。そのような生命と環境の関係を両者を包み込む生態として提示した本書は、環境破壊とベトナム戦争に雪崩れ込む人間のデジタル化した精神にも、生命として環境に関わり均衡へと努力する生態を見出す(1971刊)
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全7篇中最長の第3篇を収録した本巻では、人類学領域の上巻から精神医学へシフトする著者のステップが辿れる。映像を用いた儀式や遊びに関する人類学調査から、空想(ファンタジー)の学習が否定を導入して「似てる」から「同じ」へメタレベルに移る段階を帰謬法的になぞった著者は、その移行の失敗に段階間の断絶を見出す。「これは遊びだ」というメタメッセージを字義通り受け取るとパラドクスに陥ることを著者は「ダブルバインド」と呼ぶ。高度でリスキーな比喩の段階的伝達を踏み外してはじめて、精神の生態への道筋が見えることを本書は示す。
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晩年の講演、書評、日記の3文体をまとめた本書の原題はWords are My Matter。Matterは(自分にとって重要な問題、素材、本質)はWordsに集約される。冒頭、言葉は石であり、自分は一つの石を彫ってきたという一節には、先史時代から他界のメッセージを伝えてきた石に言葉を見立てて多様な声を込め、文体を彫琢する著者の姿勢が仄見える。女性であることの社会的「問題」を、言葉という「素材」に彫琢する時、文体として読者が出会うのは、独特の人類学的姿勢で普遍的無意識へ向かう著者の「本質」なのかもしれない。
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80歳を超えた著者がハーバード大の「余暇は何をしていますか?」というアンケートに答えた言葉がタイトルになった本書は、「余暇」という言葉に資本主義的な先進国の生活を読み取り、「余暇」ばかりの老いを想像できず、若さで押し通すポジティブ・シンキングに引っ張られて身体を蔑ろにする男性中心の社会を見てとる。本書はその外側に立つかのように、4つのテーマの折々に飼い猫バードの目線に移って人間社会を見つめ、「シット!」「ファック!」と毒づきながら目的意識のみで勝敗と解決を目指すゲームになった現代の貧しさを読者に指し示す。
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ユーザーデータ

読書データ

プロフィール

登録日
2017/02/06(2704日経過)
記録初日
2017/02/06(2704日経過)
読んだ本
3336冊(1日平均1.23冊)
読んだページ
1279720ページ(1日平均473ページ)
感想・レビュー
3336件(投稿率100.0%)
本棚
13棚
自己紹介

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