初読み。部落差別の問題を取り扱った島崎藤村の代表作。部落差別という言葉を知ってはいても、本作を読むまでそれがどの程度の人倫にもとる行いが為されていたのか知ることはなかった。穢多（えた）や非人といった社会構造として被差別民の存在が作られたという歴史は実に惨いことだ。本作で教員を務める丑松は部落の出身で、山奥に隠れるように生活する父からは己の身分のことを隠せと戒められて生きてきた。彼の身辺で同じ身分の者が理不尽な扱いを受けたことに憤りを感じ自身の境遇を思い悩む。彼が戒めを破るまでの葛藤がとても重く伝わった。

こういうノンフィクションを読みたかった。ヒトラーが権力を握りナチスの支配体制が確固となるまでの過程、その歴史を駐独大使たるアメリカ人一家の視点で語られる。ナチスが台頭し戦争で登場した新たな近代兵器や悪名高いアウシュビッツでの所業等はよく知られる。ところがナチスの狂気的な選民思想がどのようにドイツ国民間に浸透していったのか、特にその時代の空気感が感じられるような読み物はあまり知らない。本書の米国大使は学者肌の客観的な目線でドイツ国内の狂騒の雰囲気を記す。まるでこの時代の様子を見ているかのような読書となった。

宮内悠介のSF短編集。なんでもアリ設定、そして荒唐無稽なアイデアも作品にしてしまっていて超楽しい作品集でした。基本的にシリアスさは無い。無いがおバカな話を真面目に書いた準シリアスな作品が丁度良い塩梅で面白い。筆頭は1作品目に載っている「トランジスタ技術の圧縮」だろうか。タイトルだけ見るとSFっぽさはある、しかし中身はすごく馬鹿馬鹿しい話で、これは誉め言葉である。近未来、広告ページが多いと有名らしい雑誌「トランジスタ技術」のページを圧縮する似非競技の世界を超真面目に描いている。なかなかぶっ飛んだ作品だった。

初読み。部落差別の問題を取り扱った島崎藤村の代表作。部落差別という言葉を知ってはいても、本作を読むまでそれがどの程度の人倫にもとる行いが為されていたのか知ることはなかった。穢多（えた）や非人といった社会構造として被差別民の存在が作られたという歴史は実に惨いことだ。本作で教員を務める丑松は部落の出身で、山奥に隠れるように生活する父からは己の身分のことを隠せと戒められて生きてきた。彼の身辺で同じ身分の者が理不尽な扱いを受けたことに憤りを感じ自身の境遇を思い悩む。彼が戒めを破るまでの葛藤がとても重く伝わった。

成功報酬は超高額だが敗訴すれば無料、ただし依頼者は必ず無罪にしてみせる。そんな危険な香りが漂う弁護士エイレングラフの事件簿をまとめた1冊。数十年にかけて書き継いできたためか、基本的に物語は同じ流れで展開する。被疑者となった人物にエイレングラフが面会に訪れると、有能な弁護士は無罪を確信したように話しかける。奇妙なのは被疑者自身が犯行を自覚していた場合であっても彼は無罪を疑わない。数日後には依頼者は無罪放免、その後の面会で彼がどんな働きをしたかを匂わせる説明がされるのだが、この言外の意図が実に恐ろしいのだ。

猛毒親との決戦は近く、四姉妹の結束がトーンダウンしたかに思えた前巻から一転して本作では熱い展開が待っている。思えばシリーズ第２章から華々しく登場した瑠那も、結衣が再び表に出てきてからはその無類の強さが目立たなくなってきて久しい。今作はその瑠那を前面に出しての活躍が存分に描かれ、決戦前の準備は整いつつある。一方で最も半グレとの戦いの経験が薄く猛毒親による負の影響をあまり感じていなかった伊桜里を狙って、魔の手が着実に水面下で浸食していく。爆弾を抱えながらも最終決戦へのカウントダウンが迫る。

この新訳版では読み易さに加え訳注が豊富。当時流行していた衣装や小物といった実に細部までかなりの訳注が掲載されている為、作品を細部まで楽しめます。絶世の美貌を持つ青年の肖像画が完成し、それを観た紳士の美と若さを褒め称える言葉は逆に青年にとって絶望となった。彼の悪魔に魂を売るような祈りが叶ってしまったのだろうか、肖像画は彼の老いや邪悪さを引き受けるかように醜く歪んでいくのだった。これが130年前の作品とは驚きです。そして実生活で何かとスキャンダラスだった作者オスカー・ワイルドの名作はこんなにも面白い。

泉鏡花の作品から幻想・怪奇系を集めた作品集。本作は新潮文庫に最近加わったばかりの1冊で、私が知らないだけかも知れないが幻想系ばかりを集めた鏡花の本は案外少ないようです。代表作「高野聖」で知られる鏡花像の印象からは意外に思いましたが、巻末の解説にその背景が語られています。そして鏡花の筆を天才と評した三島由紀夫、その想いに加えアンソロジスト東雅夫により選び抜かれた作品が堪能できる１冊となっている。文体がやや古く読み難いところもありますが、表題作「天守物語」の妖と人の異類譚は怖ろしさと愉快さありの戯曲で面白い。

「愚者の街」に続き、新潮文庫からロス・トーマス作品を新たに刊行。本作はアフリカの架空の国を舞台に次期国家元首を決める選挙に凄腕の選挙請負人が呼び込まれ、選挙戦という騙し合いが繰り広げられる。地政学的背景はよく分からないが、西洋の影響力が薄れたアフリカ小国の政治にとって重要な候補者を選ぶ場にアメリカといった資本国家が裏から手を引いている構図が見えてくる。ある候補者を当選させるために選ばれた凄腕シャルテルと有能な広告代理人アップショーのタッグ。様々な思惑が絡み合い混沌と化した異国の地で異色の選挙戦が展開する。

犯罪に加担してしまった少年少女たちの葛藤が胸を打つ。魔が差してしまった結果、それはより悪い方向へと進んでしまいハッピーエンドなんてあるわけない。また次第に悪意に慣れ引き返すことのできなくなった子供たちに少しでも救いの手が差し伸べられないかとページを繰るも、ラストの予想外の展開にこちらの心が追い付かないままエンディングを迎えた。未成年者の過ちに社会はどう応えるべきか、この終わり方は考えさせられる。ミステリ小説として緻密に計算された展開、そして社会派小説としても読む価値はある。

華文ミステリの著者2作品目。成績優秀かつ品行方正な中学二年生の主人公の元に、孤児院から逃げてきたかつての友人とその妹分が訪ねてくる。家は母親が仕事で滅多に居らぬ環境の為、行く当てのない二人を暫く匿い共に過ごす内に３人は仲良くなっていく。ある日、偶然手に入れたデジタルカメラを持って彼らは景勝地の山に遊びに行くと、なんとカメラは恐ろしい場面を記録してしまう。そこには義父母を計画的に落下死させた男の犯行が映っていた。これをネタに男を脅迫する子供たち、そして強請られた男側の問題が絡み合い物語は思わぬ方向へと進む。