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読んだ本
1288

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読書データ

プロフィール

登録日
2024/04/26(632日経過)
記録初日
2024/04/26(632日経過)
読んだ本
1288冊(1日平均2.04冊)
読んだページ
391006ページ(1日平均618ページ)
感想・レビュー
1288件(投稿率100.0%)
本棚
1棚
性別
年齢
22歳
血液型
A型
職業
大学生
現住所
滋賀県
自己紹介

『みどりいせき』大田ステファニー歓人さん

あれは春のべそ――なんてわけない。もしそうなら「みんないつか死ぬ」くらい意味わかんないし、わかんないものはすこし寝かせておきたい。でも、今は寝てる場合じゃない。そうなると目が赤いのも鼻をすすったのも、たぶん春のほうに吹いた風のせい。強い気流が砂ぼこりを巻き上げたんなら、そりゃ目にも入るし、その汚れを落とす涙が鼻に回ったらすするし、雲が流れて太陽を隠し、ふっと顔に影が落ちたら表情だって読みづらくなる。これはもう、こじつけじゃなくて自然の流れ。
乏しい状況証拠からのがちな名推理――それが理解ある女房役の仕事のひとつ。
雲もどいたし、インハイへ構え直す。目線の高さでミットのほつれとほころびと、張りつめた春の気配が並ぶ。もっかい股の間でギャルピを突き出すけど、また首を振られちゃった。キャップからはみ出した髪が揺れるたび、先っちょから飛んだしずくにお日様が当たって、きらん、と眩しく光る。
きれい。
ぼくも首筋に汗を感じてるけど、それは動揺じゃない。〈打たせて取るにはどうのこうの、目が慣れるから連続で高めにはうんたらかんたら……〉みたいな監督の指示を、「こざかしいなあ」と思いながら二本指で制球重視って要約して、十六メートル先の春に伝えるのは、なかなか骨が折れる。
この汗はチームのために、勝利のために光ってる――ついでに体温も下げてくれてる。
このまんま春にサインを拒まれ続けたら、ピンと伸ばしたぼくの指がムキになって、マジで地面に突き刺さるかもしれない。別にリードもあるし、ツーアウト二塁のただのバッティングカウント。なにより春のコントロールで勝ってきたんだから、いつも通りでいい。
コースが嫌なのかもと、右膝をついてミットをインローへ移す。すると今度は首すら振らなくなり、キャップを上げて髪をかきあげだした。無茶な勝負なんかしなくても、今まで通り抑えれば勝てるって――そんな顔をつくって、マスク越しに眉を寄せ、テレパシー気分で訴える。
なのに春は目をつむっちゃって、しかもランナー無視でワインドアップの体勢。時間が止まったみたいに両腕を掲げたまま、ぱちっと目を開けると、涙をためた瞳でぼくを見おろした。どうせ自分本位に投げるなら、堂々としてればいいのに。心の中はため息でいっぱい、防具の中でぼくは窒息しそう。
意思がズレたまま、とうとう春の左手から白球が離れた。きっと綺麗なシュート回転の直球が、ぐんと空を切って伸びやかに迫る。
――ああ、やっぱ逆球だ。
小学生にしては恵まれた体格の四番の一閃が、球の下半分をかすめた。瞬間、乾いたファールチップの金属音が鼓膜に突き刺さる。音を合図に球の勢いは増し、ぼくは浮いた軌道を見失った。見失ったと気づいたときには、もう白い円が視界を埋めるほど迫っていて、高速で回るゴムのフェイク縫い目越しに、なんとなく春と目が合った気がした。
強烈な衝撃がメットを貫いておでこへ届き、脳みそがぶりんと揺れ、髄液が波打つ。つま先に置いた重心は慣性に引っ張られ、体は宙でのけぞり無重力へ。時間がゆるみ、ふわっと背中が地面に貼りつく。
続けて後頭部がぐぎん、と着地。冷たい電気がつむじから背中へ走り、視界は真っ白。頭の中に細胞よりちっちゃなジョエル・ロスが現れ、ドレッドを振り乱しつつビブラホンを爆音で鳴らす。すぐ音量はピークを超え、何も聞こえなくなる。彼も消える。
砂ぼこりと石灰の風味はどこかへ飛び、噛んだ舌の鉄の味だけが残る。防具の内側で滲んでいた汗は密度を高めて凍りつき、アウトカウントもイニングも意識から消え、自分が誰かも曖昧になった。落ちる直前、チップをキャッチして胸を張る並行世界のぼくと目が合う。
そこで時間の連続性は断ち切られ、エントロピーが急減少。
たどり着いたのは、音も色も光も闇もない素粒子の世界。こんちわ。ここは母宇宙か娘宇宙か、それともバルクか。どれでもあり、どれでもない。
そこからインフレーション、そしてビッグバンへ。

さくら
まぁ、そんなこんなで宇宙は百三十八億年もずっと、きゅんだとかぴえんだとか、そんな無茶な音を立てながら成長期をこじらせてきた。だから銀河はニキビみたいにぽこぽこ吹き出し、そこには何千億もの恒星という雑菌みたいなやつらがうようよしている。天の川もその流れに乗って五十億年前に太陽を生み、四十六億年前には「そろそろ子どもつくる?」みたいな軽いバイブスで分子たちがくっつき、三男坊の地球ができた。
八億年前には、ヌクレオチドの二重らせんすべり台をするんってすべってきた寄生虫みたいな生命がわき、五百万年前にはふらふら歩き始め、つい最近になって嘘つきと殺し合いにハマり、世界大戦を二回もして、環境は汚しつつ文明だけはとんでもなく発展わぉ。神はいないって科学力で理解したくせに、お父さんの心電図は容赦なくフラットになって、ウイルスはバズったりしぼんだりまたくすぶったりして、ホッキョクグマは交雑しながら諦め顔であくびしてる。
そんな宇宙の片すみ、郊外の都立高校北棟三階。
非常扉はスチールの見た目より案外重く、僕の腕をうならせて、筋繊維が熱を帯び、ひと粒の汗か涙かが重力に負けて廊下へ落ちた。
昨日はにんにく食べすぎたし、嗚咽がちょっと臭うかも。でもどうせみんなマスクのまま大人になるし関係ない。〈常時は立ち入り禁止〉の文字をジョージ?とか心の中で読み間違えて、ようやく重たく開いた隙間から外へ抜け出す。シャツ腹がすれて汚れる。
閉まるとき大きな音がしてくれるだろうと期待してたのに、寸前でふわっと減速する蝶番の仕組みが憎らしい。扉の裏には赤いコーンが三つ、ウェイトを詰められて鎮座している。二、三キロはありそうで、ムキムキのフィジカル巧者が輪投げする姿を想像してしまう。
褪せた赤を見つめていたら、勝手に脳内で炎が揺らぎ出し、本当の有事に避難しそびれた生徒や教師の黒こげ死体が積もっていく妄想が始まって、ぷしゅうって煙があがる音まで聞こえた気がして、えくぼに水がたまった。
手すりまで行くと風が泣きそうなほっぺを刺した。花びらが三階まで吹き上がってくる。みんな桜が好きで、散ると悲しむ。だから遠いキャベツ畑のモンシロ蝶が復讐の羽ばたきをして、気流が巡って、校舎裏のソメイヨシノをハゲさせ、路肩が汚れる。みんな悲しむ。足元には薄桃色の吹き溜まり。上履きの青いラバーだけが際立ってる。
花びらの水分が床を濃くしていく横で、僕のしずくもまた落ちる。南半球の蝶と僕の深爪がバイブスでつながる妄想をしていたら、ばふんばふんと布団を叩くおばちゃんの音で沈んでいた気分が追い払われた。深呼吸して袖で顔を拭う。
「よし」
朝ドラのヒロインみたいに気合を入れてドアノブをつかむ。が、動かない。鍵穴はどこにもない。銀色のピノみたいにつるっとしてる。何度ガチャつかせても無反応。風がシャツを揺らして鳥肌が立つ。
あきらめず、動かず、また触り、頭が熱くなり、顎が鳴り、また触る。動かない。
はい、僕は宇宙のニキビ。その芯の膿です。どうも。
下でクラクションが盛大に鳴り、僕は欄干からのぞきこむ。佐川の軽の前に、赤ジャージの三年女子がだるそうにつっ立っている。青いペニーをつま先で遊びながらどく気配ゼロ。クラクションを無視し、中指を立て、テールを踏んでノーズをつかみ、わざとらしく緩慢に動く。怒鳴るドライバー。彼女は「ばーか」と言いながらペニーに飛び乗って逃げ去った。
布団のおばちゃんが〈見た?〉みたいなジェスチャーをしてくるから下手な笑顔を返す。
風が戻る。スマホにはクラスLINEのメンションが二件。既読つけないようにそっとなぞる。四限まで二十分。ノブはまだ動かない。戻れば全員がこっちを見る光景を想像して重い溜息。踊り場に座り込む。
花びらが香り、また積もる。空を見ようと寝転んでもひさしが邪魔で雲が見えない。蜘蛛の巣の蝶が逃げた。蜘蛛が腹ぺこにならないといいけど、顔に落ちてこないともっといい。
うとうとしたところで鉄の音。裏門でさっきのペニー女子が南京錠を確認し、門をよじ登っている。生命力の説得力。着地した彼女と目が合い、僕は負けたみたいにそらす。すぐにペニーの音は遠ざかり、国道の喧騒と僕と、開かない扉だけ。
空腹。つぶれた桜。まぬけな蜘蛛。
半歩さがって「ティープ」と唱えながら扉を蹴る。ちょうどチャイムが鳴ってのけぞる。四限終了。近くのスピーカーが映画館みたいな圧で震わせる。
引き戸が開き、生徒たちが走り出す。僕には意味不明な怪物の声みたい。
イヤホンで洞窟化。いたいのとんでけ。
教室へ入ると一年の女子二人だけ。TikTokみたいな音。声をかけても無視される。居心地に耐えられず「今日午前だけか」と独り言を装い退出。
並びの教室の戸に青いペニー。覗きこもうとしたらバズカットが勢いよく戸を開け、僕は尻もち。鍵が落ち、小銭みたいな音。
「なんか用?」
赤いラバーの上履き、金色の喜平、眉ピ。予約の人? 一個二千。
「カツアゲ?」
「タダなわけねぇだろ」
奥から赤ジャージの彼女が出てくる。千円札の束を持ち、でかい。
「このわがままボデー君は?」「ただのデブ?」
よく知らないのに、なぜか懐かしさを覚える。視線が冷たくて体温が消える。
「今日は予約いい。先に金」
出せず黙っていると「もういいや」と去る。
彼女はペニーで僕の教室にすべり入り、消えた。
残った彼は僕の鍵を拾って腹に押しつけて去る。
やっと教室からメロディがこぼれる。
チャリにまたがると野球部員の山本くんが止めてくる。
「LINE見た?」
学級委員になったらしい。「委員、頼めない?」
風紀委員。朝の挨拶、服装チェック、駐輪場整理。向いてないと言うと手を合わせて拝んでくる。
野球部の一年がプランクしてるのを眺めながら、彼は素振りの意味に悩んだ話をしてくる。
原付にバズカットと赤ジャージ女子が二人乗りして去る。
「あれも校則違反?」
「スケボーはいいんじゃ?」
「いや、そっちじゃなくて」
山本くんは最後に「明日までに考えといて」と言い、部員の輪に戻っていく。
校門には排気ガスのツンとした残り香だけが漂っていた。

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