「俺達の行手は『聖霊』だ」(ランボオ『地獄の季節』)
「俺は人間でありたいとは欲しない。なにか謎でありたい」(埴谷雄高『不合理ゆえに吾信ず』)
「不幸の底で われ しあわせ、/しあわせのきわみで、ふしあわせ」(竹本忠雄『幽憶』)
「人生、愛、ささやかな自分の世界をめぐる航海」(ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』)
「それは素晴らしく幻想的な蒼白い月光を浴びた大運河の晩夏であった。大運河のすべての水面を目立った隈ひとつなく覆い拡がっている蒼白い月光は、一枚の幅広く長い長い長く薄い、軟らかな絹を下方に敷きつめて、果てもない果てへまで遠くつらなっているように見えた。そこは、ふと思い立てば、誰でもがこの岸辺から降り立って歩き出すことができ、そして、その蒼白く薄く均質な霊性をもった長い長い月光の道を歩きに歩きつづけてゆけば、その誰でもが、無限大の果ての果ての思いもかけぬ一種自在の世界のなかへ何時しかはいりこんでしまえるように思われた。」(埴谷雄高『死霊』)
「現代は、特定宗教の枠を超えた霊性そのものに注目が集まる時代です。ルートヴィヒが聖なる何かを、多くの同時代人には理解され難い何かを、追い求めていたことは確かです。その何かは、今言った意味での霊性そのものに近いのではないか。このところそう考えております。彼の王は聖杯に惹かれていました。わたしが思いますに、聖杯探究とは霊性探究なのです」(佐藤友一郎『聖杯王ルートヴィヒ』)
「愚かしさの中で、敗北のなかで、苦痛のなかで、みじめさの中で、聖性を夢みていた」(三島由紀夫『美しい星』)
「精神とは不可解なもの、それは海であり、灯台でもある。(中略)私はすべてを無にする大いなる光明なんかもちあわせない。小さな明かりと、大いなる忍耐を授かっただけで、それでもって何もない時間をさまようだけだ」(サミュエル・ベケット『モロイ』)
「島には、誰にも顧みられることのない真水の湧く泉があり、甘く新鮮な恵みが夜の白い闇にあふれ出ている。死者を運べ。」(アリステア・マクラウド『彼方なる歌に耳を澄ませよ』)
「耐えなきりゃなりませんよ。その断絶に耐えることが、未来の立場に立つことです⋯⋯」(安部公房『第四間氷期』)
「終った所から始めた旅に、終りはない。墓の中の誕生のことを語らねばならぬ。何故に人間はかく在らねばならぬのか?⋯⋯」(安部公房『終わりし道の標べに』)
「明日はもっと美しい歌をうたおう」(コウルリッジ『コウルリッジ詩集』(岩波文庫)「クーブラ・カーン、あるいは夢で見た幻想」)
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