
この感想はあらためて読んで意味不明だなと思ったが、言いたかったこととしては、誰かを、それは往々にして大切な人なんだけど、助けることはできないけど、塞ぎ込んでいるときに、機嫌をとってあげられるように、生きていたいなと思った。もちろん相手が攻撃的に不機嫌を撒き散らしているなら、離れどきだ。そうじゃなくて、人間には頑なに耐えているときがある。そういうときに言葉は意味をなさない。それでも話ができるように。そして私は365日、概ねキッチンに立つ。それは幸いだと素直に思った。
もしかすると少々、脚本じみたキャラが煩く感じるかもしれない。ライバルくんの俺様っぷりは、そういうキャラだからと納得させて読みすすめたが、最後まで無理でした。無理なもんは無理。
それだと前作と同じではと思うが、シリーズ物として順当に奥行きが広がっている。成瀬の父母が登場したのはまさにその部分。そしてラストはゼゼカラの相方、島崎を中心として物語御一行が右往左往する。ドタバタコメディーのようだが、ここでは「天下」のラストのアンサーとして、心情的に揺さぶられる島崎の姿が描かれている。そうだ、常に泰然とした成瀬が作中で唯一、等身大の十代の女性として、戸惑い揺さぶられるシーンが「天下」にはあったのだ。そしてそれが本屋大賞の決定打だと個人的に思っている。
今作でその天丼として、成瀬・島崎の関係が再び描かれ、深まったのを読めて良かった。もうすっかりシリーズのファンになってしまった。「天下」ももう一度読んでみようと思う。
とるに足らない、幼く、拙く、矮小な存在。ただその不快さ故に、天誅されてほしいのよ。否定したいのはその心。勧善懲悪なんてダサいじゃない。さすがに。でもそれを望んでいるから、やっぱりそれを快く感じるわけで。殺し屋シリーズというそういう作品なのだからそれでいいはずなのよ。暴力で暴力を上回る。水戸黄門と同様に快活な強者の登場ってのは心躍るのよ。けど、そこで踊ってる自分も見透かされてるようなね。ということを感想として書き留めておきたかった。
仮に開戦回避できていたとして、資源のないこの国は米ソに挟まれどう立ち回れたのだろう。南進もせず、満州から撤兵し、仮に何らかの条件を勝ち得ていたとして、それは帝国主義を掲げる国の敗北として捉えられただろう。国民はときの指導者に不満をぶつけるにとどまらず、体制を覆そうとしてかもしれない。さらに仮に国民からの怨嗟に耐え、緩やかな民主化を進め、冷戦の時代にソフトランディングできたとして、果たしてこの国はどんな国になっていたのか。
自分の感想は書いたので、他の人の感想を読みに行ったが、皆さん手厳しい笑 いやー、そうだよねと少し安心した。でもこのおじさんはしっかり痛い目にもあってるし、それを教訓としている。少々だらしないのは人の常。善良なおじさんなのだと思う。
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もしかすると少々、脚本じみたキャラが煩く感じるかもしれない。ライバルくんの俺様っぷりは、そういうキャラだからと納得させて読みすすめたが、最後まで無理でした。無理なもんは無理。