となる。日比谷を中心とした東京市立図書館のネットワークが完成し、各館が相互補完して東京市民に万全なサービスを提供する体制を完成させた。しかし関東大震災後の東京市の拡張に対応できず、渋谷など新たに合併して東京市に編入された地域の図書館をネットワークに組み込むことができず、さらに東京市の財政悪化により昭和の初めにこのネットワークは崩壊したと著者は指摘する。日比谷図書館館頭の役職は廃止され、東京市教育局に各館が統率されたのである。戦時中は1943年に東京府と東京市が合体し「東京都」となり、市立図書館は都立図書館
いのかどことなく通り一遍だが、田沼政治や寛政改革の記述は良かった。歴史学の人なので江戸初期から幕府は出版取締令を出していたという理解で、これが国文学者とは違うなと思った。田沼意次は低い身分の下級武士から老中まで上り詰めた人物で、大正時代以降歴史学では再評価が進んでいるが、世間ではいまだに賄賂政治家というイメージが強い。最近の研究では寛政改革も経済政策も意外と田沼政治を踏襲していたことが分かっているらしい。田沼の息子、意知を刺殺した旗本の佐野善左衛門(切腹処分になる)を江戸市民は「世直し大明神」ともてはや
し、墓参り客が絶えず、寺の門前には線香や花を売る店が出現、挙句の果てには墓にかける水まで売り出す者もいたという。犯罪者をもてはやす風潮はこのように昔からあったということが良くわかる事例。
っている太平洋戦争も日本国内の「思想統制」ばかりではなく、アメリカ側の対応もふれなければフェアではないだろう。日系人は強制収容所に収容され図書館利用が強制的に排除されていたのだ。気仙沼図書館長だった菅野青顔を最後に取り上げているが、憲兵やGHQに対して図書没収を拒否したことは「気骨がある」のかもしれないが好きな本は『聖書』と『資本論』というのを聞き、「いかにも」戦中戦後すぐの「知識人」だなと思った。欧米諸国へのあこがれと資本主義へのそこはかとない抵抗なんだろう。相反する思想の本を同居させているのがなんとも
歴史学徒。
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学んだというから、そのころの知識のままアップデートされていないのではないかと思ってしまった。また松岡が想定する「子ども」というのがおそらく小学生と未就学児だと思われ(赤ちゃんへの読み聞かせは批判しているのでそれ以上の年齢の子ども)、中高生は全くの度外視。図書館のYAサービスという80年代以降に登場した中高生向けサービスにはまったく関心がなさそうだ。本書に言及がない。児童に与える「良い本」というのも、海外の名作児童文学が多く、「少年探偵団」とか海野十三とか、現代ならば、はやみねかおるとかどう思っていたのか知
りたかった。こういう昔気質の児童図書館員は大衆児童文学を敵視し、海外の児童文学を高く評価する傾向があるのだがそれはなぜなのか疑問に思っている。「子どものために良い本を…」というが「良い本」とはどんな本なのか。低年齢の子どもにはある程度「名作」は通用すると思うが、小学校高学年になるとはっきりと「本の好み」が形成されてく。るので、松岡の考えでは合わない子どもも出てくるのではと感じた。