やむを得ない決断だったとはいえ、娘を他人の家に置いてきたことを悔やみ続けるハンナ。わずか7歳、見知らぬ地でただ一人何度も死線を生き延び、ゲットーでもドイツ兵から身を隠すすべを身につけるマルカ。もうマルカは冒頭の甘やかされた少女ではない。彼女にはもう母の記憶さえ薄れている。全てを警戒し本能の勘に頼り行動する。まるで野生動物のようだ。最後に母と再会する...ようだが、ハッピーエンドの感覚は薄い。マルカの心の傷は決して消えないだろう。この一家はもう元の家族の絆を取り戻せない気がする。
ハンナは自分を親の反対を押し切って自分の生きたいように生きたことを後悔するが、結局ハンナや娘たちが助かったのは、ハンナが過去に救ってきた患者たちからの恩返しだ。ハンナの行動は間違っていなかったと思う。ボロボロになり、泣きながら我が身を責めるハンナの姿が辛い。ハンナの決断も遅くなかった。いつもの通りの穏やかな天気の平和な村で、誰が今日ドイツ軍による強制連行があると予想できただろう。正常性バイアス。今の時代にも決して鈍感であってはいけないのではと戦慄する。
一方のスーザンも、オックスフォードで数学を修めるエリートながら、愛する存在の喪失、社会不信から他者との関わりを避けてきた孤独な女性だ。傷だらけのスーザンと原始少女エイダ、そしてエイダの愛する幼い弟ジェイミー。放置された馬バター。片目がつぶれかけた子ネコ。国同士が傷つけ合う戦時下、そんな傷だらけの彼らが不器用に支え合い、救いを見いだす物語。
「また創造的な価値や体験的な価値を実現化する機会がほとんどないような生活ーーたとえば強制収容所におけるがごときーーでも意義を持っているのである。すなわちなお倫理的に高い行為の最後の可能性を許していたのである。それはつまり人間が全く外部から強制された存在のこの制限に対して、いかなる態度をとるかという点において現れてくるのである」
だからこの本は怖い。とても恐ろしくて危険な記録だ。編者のツッコミなしで読めば「あれ?ヘスってまともな人?」と引っ張られそうなくらい危険だ。生き物や家族を愛する真面目で凡庸な人間に宿った悪魔性。当時の思想に無批判に陶酔した一庶民ヘス。彼が特異な異常者でないからこそ戦慄する。時代と状況が揃えばどこにでもヘスは出現するだろう。そこが恐ろしい。
児童文学、ミステリー、歴史小説などを中心にいろいろ手を出し、財布より本を忘れる方が大慌てする活字中毒者。一時期書き込みをサボっていたのを2023年に復活。
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「また創造的な価値や体験的な価値を実現化する機会がほとんどないような生活ーーたとえば強制収容所におけるがごときーーでも意義を持っているのである。すなわちなお倫理的に高い行為の最後の可能性を許していたのである。それはつまり人間が全く外部から強制された存在のこの制限に対して、いかなる態度をとるかという点において現れてくるのである」
でも翻訳はちょっと硬くて読みにくかったので新訳で読み直してみたい。