
文読む月日 (上) (ちくま文庫 と 17-1) >> 4か月分を読み終えたが上巻は5月末まで。先は長い。4/16、「庇護」という言葉の裏での弾圧に関することばが並んでいるが、先日読んだ「あの子を自由にするために」に出てきた、世に欠けているのは「正義」か「慈愛」かという問題を考えるヒントになりそうだ。 他に心に残ったのは、4/4(1)「常に快活さを保つ大きな秘訣は、些細なことをいちいち気にせず、それと同時に運命が与えてくれたちょっとした喜びにも感謝を忘れないことである。(スマイルズ)」など。
「だれかにポジティブを分けてもらえるなら、ネガティブもまた同じだということ。…自分を変えるのってむずかしい。すぐにはできない気もする。それでも、振りまいたネガティブの影響を受けるのは自分だけじゃないかもしれないってことは、心に留めておきたいなって思った。」 みんな揺れながら、影響し合いながら生きているね。ひとりにならないこと、ひとりではないって気づくこと、大事だね。
こんにちは。引用されている部分、とても心に響きました。「『無』があるから『有』がある」みたいな、逆説的で深みのある言葉ですね。「ネガティブな気持ちではいけない」という考え方とは違って、「このネガティブな気持ちが、ポジティブを連れてきてくれるんだな」と思わせてくれる、とても素敵な台詞です。
かわせみさん、コメントありがとうございます。たしかに、「『無』があるから『有』がある」みたいに、自分にネガティブな面があることを肯定するところからポジティブが始まるのかも?!って思えてきました。あらためて考えてみる機会をくださりありがとうございました。
先日読んだ「何のために『学ぶ』のか」の、茂木健一郎氏の話も思い出した。――自分で自分に無理めの課題を設定し、それをクリアしていくと、脳内のドーパミン分泌量が増える。そのときの快感を得ようと繰り返すことで、結果的にスキルアップ。これが「強化学習」のサイクル。 自分にとってちょっと難しいかな、と思える本に挑戦してみることで、「読む」ためのスキルやスタミナ?もつくし、より読書が好きになれるのかも。
先日、両親とビデオ通話。母は「あともう2年くらい生きれば十分だがぁ」と。父も横で「うん、うん」と頷いていた。こんなふうに話せる2人をうらやましく感じた。本川達雄さんの「この世の永遠」の話から、このときの両親のことを思った。 「子や孫というかたちでこの世に、永遠に私が生き残っていく。生物学はこういう見方を提供してくれる。だから生物学を勉強すると永遠が得られる。心が落ち着くのだ。…君たちは精一杯生きて安心して死んでいけるような人生を送らなければならないし、そのためにはものの見方を身につけなければならない。」
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