形式:文庫
出版社:岩波書店
形式:単行本
出版社:思潮社
形式:その他
出版社:情報なし
形式:Kindle版
風に吹かれてさん こんばんは🌃 & Merry Christmas🎅🎄🍷 レビューを頷きつつ拝読しました!🍀 此の本は、未読ですので📝させて頂きますね!💫 素敵なクリスマスをお過ごし下さいね!✨ 2023年も有り難うございました!🙋 宵待草
宵待草さん、こんばんは。本書は読み友さんのレヴューを拝見して読みたいと思った本です。私のは、つたないレヴューですが、本書を気にかけてくださる方が増えて嬉しいです。。。私の方こそ、ありがとうございます! これからもよろしくお願いします。
《「(谷川)…言葉というのは物に名前をつけるとか、何かと何かを区別するとか、非常に明示的なものとして出てきたもののように思いがちだよね。だけど案外そうではなくて、明示するより先に、非常に曖昧なものをからめとろうというような感じがするんだな。そうだとすると、言葉よりも先に詩が先といえるんじゃない?》
《「(谷川)七五調に帰ることはどうしてもできない。しかし、まったく別のリズムで書くこともできない。だから結局、個人が本能的につかんでいるリズムに頼らざるを得ないし、そのリズムは切り離された孤独なリズムであって、どうしても様式にはなり得ない。これは日本の詩がオーラルじゃないということにも関係があるね。」》
詩は本来もっと狭い道を通るものであり、マスに働きかけるのではなく、時代も場所も越えて点在する「孤」たちに向けて投げかけるものなのではないかとと思った。
だからそういう調に縛られない孤立する山頭火などの自由律俳句が出てきたのだろう。例えば与謝野晶子「君死にたまふことなかれ」は戦争での弟との別れを孤立の中で詠ったから短歌にはならずに感情が繰り返す。それがプロテスト・ソングになったわけだ。もう一つの短歌、息子が上官となって出征するときの戦意高揚短歌は「うたげ」の中で出来た短歌なんだろう。
大岡信の詩は「こと」的世界を詠んで、谷川俊太郎は「もの」的世界を読んでいるというのはなるほどと思う。谷川俊太郎の言葉との直接的な関係。大岡信の詩はその間に人間の感情が入っていく。対人関係とかウェットな感じか。谷川俊太郎のドライな関係だけど純粋にそのものが好きだみたいな世界観。谷川俊太郎の天才ぶりがわかる「コップへの不可能な接近」の詩。それと寺田寅彦訳リグ・ヴェーダの詩は素晴らしいね。
ふさん、こんにちは。この本はとても気になっていた本です。レヴューを読ませて頂いてますます読んでみたくなりました♪
都わすれさん コメントありがとうございます!とても読み応えのある本でした。おすすめです。
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