形式:単行本(ソフトカバー)
出版社:青土社
読む前は、「あーはいはい、進化心理学とか使って、人間はバイアスたっぷりだ、だからこそそのバイアスの特性を知ってよりよく生きようとか言うんだろ」と失礼なことを思っていたけど、読み終わってその圧倒的な射程距離に頭がクラクラした。想像以上に哲学的な部分が多くて難しかったけど、ぐっと耐えて読んだ価値はあった。
訂正、IBT→ITPです。
バニラの味は、食べ物の選択を導くアイコンであって、どんな分子構造をしているかを問うことは無益だ。バニラの化学式から、特有の味覚経験を正確に記述できるだろうか? 特定の分子が真に特定の味がすると証明するための科学的証拠はないのだ。「物体は、私たちの感覚に自らを押し付けてくる既存の実体ではなく、利用可能な多数の利得から、競争相手より多くのポイントを稼がなければならないという課題に対する解決手段なのである」
著者はドーキンスを信奉し、すべてを勝者遺伝子や生き残って子供を残すための生存戦略に還元して、例えば、自己犠牲や利他的な行動もこの文脈から解釈するため、ちょっと賛同しにくい点もあるのだが、著者自身がこの研究成果を広告の分野で生かしているように、応用範囲は広い理論だと感じた。読んでて、ある種の心理療法やセラピーに応用できそうな気がしたが、ただ直感にあまりにも反した考えなので、地球平面説や地動説と同じようなパラダイムシフトが必要そうだ。
最終章まで読み進めると、著者の主張するこの世界の一元論を「意識的実存主義・コンシャスリアリズム」と呼び、提唱している。汎神論ではなく、科学にふさわしい物質主義でもない。今まで脳が意識の魔術を繰り出していたと誤って誘導されていたのだと。量子重力理論など新たな領域に適合するということだが、やはり理解ができたとは言い難い。しかし興味深い。
プラトンの喩えでも明らかであるが、この問題意識は古代ギリシアの哲学者から引き継ぐもの。[主語 is 述語=実体 is 属性]という形で目の前のものを切り取る(属性を付与する)ことによって物体の存在を認識し、その物体を還元的理解に落とし込む科学的手法は主観性に強く依存する。科学の発展が今再びパルメニデスから連綿と続く意識と存在の問題を掘り起こしてしまった。赤いカプセルを飲んでしまった今、最もシンプルな問いは「客観的な世界とは何か?」(本書p273 )なのだ。
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