本文からの抜き書き。 あの時私は、この老人は戦争で人を殺してきた人間だ、と思った。彼の目の中に恐ろしい気迫を感じたのではない。寧ろ黄色く濁った彼の目の底には、怯えがあった。 こんなおどおどした人間が、おどおどしたままで人を殺す事が出来るのが戦争である。 戦場でのその場面が、彼の中でありありと再現されているのを私は感じた。その瞬間、軽蔑とも同情ともつかない感情が湧いた。 とても人など殺せないような人間が、時代の空気と、命令と、武器とによって人を殺す。 それは、たまたま乗ってしまった乗り物が、
制御不能になって暴走してしまったようなものだったろう。そして、そういう乗り物に乗って何か決定的なことを為してしまった人間は、二度と元の自分には戻れない。(二十四)
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本文からの抜き書き。 あの時私は、この老人は戦争で人を殺してきた人間だ、と思った。彼の目の中に恐ろしい気迫を感じたのではない。寧ろ黄色く濁った彼の目の底には、怯えがあった。 こんなおどおどした人間が、おどおどしたままで人を殺す事が出来るのが戦争である。 戦場でのその場面が、彼の中でありありと再現されているのを私は感じた。その瞬間、軽蔑とも同情ともつかない感情が湧いた。 とても人など殺せないような人間が、時代の空気と、命令と、武器とによって人を殺す。 それは、たまたま乗ってしまった乗り物が、
制御不能になって暴走してしまったようなものだったろう。そして、そういう乗り物に乗って何か決定的なことを為してしまった人間は、二度と元の自分には戻れない。(二十四)