「神聖ローマ帝国 三十年戦争」という漫画で主人公を務めるプファルツ選帝侯フリードリヒがちらりと出てきますが、大きな歴史の中では意外と扱いは小さいのね。あららと思いました。(笑)
「王国史3」を書店で見かけて買ってから、ありゃ「2」が未読だったと気づきました。なんという手抜かりを(笑)。いろいろ読むものがあったせいですけど、変なところで記憶が飛んだらしいなぁ。(-_-);
エピローグより ──義時はいわば「種まく人」であった。・・・・・・戦国時代に鎌倉を統治した伊勢氏がわざわざ北条氏に改姓していることは、北条の名が東国支配の正当性を付与するものであったことを示す。また武家政権が室町幕府、江戸幕府と近世まで続いている歴史をみたとき、幕府が武力によって朝廷に勝ったことが、いかに歴史的意義のあることであったか。その重要性は計り知れない。義時を武家政権の確立者と呼ぶ所以である。
「おまえたちにしてやれなかったことを、縁もゆかりもない人々に、してやってもいいか」──鹿の王とは、こうして一人立って後ろを守るもの。 かつての父との対話。「逃げ遅れた子どもがいたら、たすけるのが戦士の務めじゃないのか」「──それは、それができるものがやることだ。そんな才を持って生まれなければ、己の命を全うできたろうに、なんと、哀しい奴じゃないか」
縦割り行政の弊害による情報の重複と未整理、情報を集め整理することを目的とする部署と政策決定のための資料として使う部署の考え方の違い、防諜の意味を理解できない人々、国民に公開すべき情報と秘匿すべき情報の考え方、スパイ防止法の意味についての思いの落差。さまざまな問題が日本にあり、どれが正しくどれが間違っているとは言い切れないものもあったり。日本のインテリジェンスについての理解は、まだまだ浅いのだな。
アマノジャクな乱読家・活字中毒者。
読んだ本の備忘録サイト「愛書家の縁側」主催。
2024/1/27より、アイコンをサー・ジョン・フォルスタッフ像に変更。むかし、ハンドルネームを Falstaff にしていたときがあったんですよ。無責任・自堕落・卑怯・大言壮語・「宴会には真っ先に、戦場にはどん尻に」の人。素敵でしょ?w
自称「愛書家」ですが、この肩書きはかつて読んだSF短編「愛書家ワーシー・ワーシントン」(だっけ?)から来ています。実はこの人は、本を愛するけれど文盲だったそうな。(爆)
守備範囲は、SF、歴史フィクション&ノンフィクション、帆船小説、ミリタリー、それとミステリ少々。
半世紀前より、シャーロッキアン、ランサマイト、そしてヒロミスト。
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「おまえたちにしてやれなかったことを、縁もゆかりもない人々に、してやってもいいか」──鹿の王とは、こうして一人立って後ろを守るもの。 かつての父との対話。「逃げ遅れた子どもがいたら、たすけるのが戦士の務めじゃないのか」「──それは、それができるものがやることだ。そんな才を持って生まれなければ、己の命を全うできたろうに、なんと、哀しい奴じゃないか」