
結構読んだ印象です。9月に小林信彦について話す機会があり、まとめて読んでいます。 2026年8月の読書まとめ 読んだ本:15冊 読んだページ:4852ページ ナイス:273ナイス #読書メーター https://bookmeter.com/users/80430/summary/monthly/2026/8
「わかりあうために必要な年月もある。人は、生きるほどに必ずしも過去から遠のいていくのではなく、時を経ることで初めて立ち帰れる場所もあるのだと、触れあった指先にたしかな熱を感じながら思った」 突き刺さった棘のようにいつまでも取れない痛みが救われることもある。 死、別離、卒業、転生。どんな形であっても、まだ見ぬ合流する未来があるかもしれないと思えるだけで前に踏み出せる。
音やにおいなど五感が働いている。映画や観劇、美味しい食べ物の描写がいい。 一方で、本書の扉がきには「いなくなった人たちに」とある。愛猫の死、大岡昇平や深沢七郎といった知り合いの死、生前の夫の様子、昭和天皇の崩御などが抑えた筆致で記される。静かな哀しみが伝わってくる。 天衣無縫、自由闊達、泰然自若。こういった言葉こそ相応しい。 富士日記、次は読んでみよう。
『さよならジャパオック』は、読者を奇妙なメタ視点へ引き込む秀逸なAI時代の伊坂作品だ。物語は、伊坂幸太郎らしい軽妙な会話劇と巧みな伏線回収による安定した物語性と最後の着地を見せる。しかし作中に「水槽の中の脳」が出てくると登場人物の実存が不明になり、世界そのものの確からしさが揺らぎ始める。その不条理さは虚構の枠を飛び越え、この物語を消費している読者が読みながら実存性を疑う事態にも発展する。この精緻な読書体験の記述自体が、未来のAIの出力か、現在の私の思考の痕跡か、あなたには区別できるだろうか。
ドイツ文学者による、交通公社の冊子への連載。北海道森町、青森県黒石市、新潟県村上市、熊本県八代市、広島県尾道市因島土生町など、ここに書かれた30のまちどれもが魅力的。
栄光と挫折。著者の青春期の物語であり、敗戦から立ち直った日本の青春期だった。 「過去などどうでもいいんだ。だだ、あの時代だけは別だ。戦後の貧しさが一段落して、日本人が浮かれ出した時期だな。…歳をとったら、おれは、あの時代のすべてを、自伝に書き記してやる」 「こんな風に変貌するまえの東京を書きとめるわけか」 「東京と、そこに生きた人々だな」
「ぼくの狙いは、同世代の作家、詩人、評論家、映画監督、テレビプロデューサーが自由な発言をなし得る文化圏を作ることにある」 「テレビは文化なんてもんじゃねえんだよ。こいつは、おれたちの世代にあたえられた、すばらしい、どでかいオモチャなんだ」
新潟で友人になった曽我君の気配りと優しさに、読んでいるこちらもホッと救われるような気持ちになります。 著者が若き日に書いた「冬の神話」も集団疎開を描いた作品でしたが、あちらは描写が直接的で生々しく、救いのない作品でした。 そこから数十年が経ち、これほど一般性をもった形でこの作品が書かれたことは、作者にとっても、そして私たち読者にとっても本当によかったなと思います。
時代が進んでも、彼我の文化を完全に理解し合うのは難しい。私たちが理解したつもりになっている海外の物語も、現地の人々にとっては、本作のような「ちはやふる」物語になっているのかもしれない。文化の誤解が生み出すロマンと面白さを、改めて教えてくれる一冊。
本があれば大丈夫
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『さよならジャパオック』は、読者を奇妙なメタ視点へ引き込む秀逸なAI時代の伊坂作品だ。物語は、伊坂幸太郎らしい軽妙な会話劇と巧みな伏線回収による安定した物語性と最後の着地を見せる。しかし作中に「水槽の中の脳」が出てくると登場人物の実存が不明になり、世界そのものの確からしさが揺らぎ始める。その不条理さは虚構の枠を飛び越え、この物語を消費している読者が読みながら実存性を疑う事態にも発展する。この精緻な読書体験の記述自体が、未来のAIの出力か、現在の私の思考の痕跡か、あなたには区別できるだろうか。