バーコードリーダーの調子が悪くて変な発信音を出し続けているので、掌でパンパンと叩いたら正常に動き出した。生徒が「叩いて治る家電って初めて見ました!」と喜んで本を借りていった。
パソコンのモニターが、まだ薄くなかった頃、会社でバンバンとたたく音がしました。皆で「ブラウン管テレビじゃないんだから」と言ったら、「取説にかいてある」と。使用上の注意として、映りが悪くなったら叩いてみてください、って書いてありました(゚o゚;)
日本語は日本でしか通じないので、シンガポールみたいに学校教育を半分程度英語に変えた方が身のためだと思いますけどね。すでに方言みたいになってますし。アジアの他の国では大卒は英語しゃべれますし(韓国を除く)同盟国はほぼ英語圏(韓国を除く)なので、有事の時に和訳とかしてられないと思うんですけどね。生産性も落ちるし・・・
日本語話者になると穏やかになるらしいですね。教育や公用語を英語にしようという動きも明治にありましたが、しなくて良かったと考えます。が、英語教育のあり方を変えて、聞いて話せるようにしたほうがいいとはおもいます。それは第二外国語についても同じです。話せても、話題となる事を知っていても、用語を話せないとわからないので知らないのと同じになるのも悲しいです。
自分で選んだものではない小説を読むことによって、自分が「小説」という形式に何を求めているのかがなんとなく分かるのかもしれない。まだ言語化できないけれど。
→木庭顕『ポスト戦後日本の知的状況(講談社、2024)をめぐって(2)(佐藤俊樹)ジオラマ行動力学4回気持ちになる(飯間信)いま改めて法の経済分析について考える(下)田中亘『起業法学の方法』を読んで(浅岡義之)書評212回言語の政治 飯田真紀『広東語の世界-香港、華南が育んだグローバル中国語』(中島隆博)すゞしろ日記第234回(山口晃)
「たまには物理カンタービレ♪」はリチャード・フィリプス・ファインマンの業績と3人の妻について。サブタイトルは最初の妻アーリーンからファインマンに宛てた手紙の一節。「言語学バーリ・トゥード」ではチャットGTPのパスティーシュを試みているのが興味深い。
というか8章以降急に「〇〇であり、△△だ。」という接続のしかたをする文章が増える。たぶんこの人の書き方の癖だと思うのだけど、文のリズムが崩れ、モヤモヤする。(←マネしてみた)
三度のメシより本が好き。
…と言いたいのですが、残念なことに美味しいものを作るのも食べるのも好き。なので、美味しいものをつまみつつ、美味しい酒を飲みながらの読書は至福の時間。
読むのも仕事のうちなので、読めと言われれば何でも読みます。
ただし、齋藤美奈子言うところの「邪悪な読者」なうえに口まで悪いです。
自分の読了本で面白い感想や、未読本で、読んでみたいなと思わされた感想には、その内容を問わず「ナイス!」をつけさせていただいています。
最近の使い方として
「読みたい本」=職場に欲しいなと思った本を、次々と備忘録的に登録する場。購入希望リストに入れたら、あるいは必要性を感じなくなったら解除。
「積読中」=「読みたい本」の中から、実際に選書会議の購入希望リストに載せたもの。
という具合になっています。
「積読中」から「読んだ本」への移行は、たぶん1割に満たないと思われます。
「お気に入り」を貼るもはがすもご随意にどうぞ。なんならブロックしていただいてもかまいません。
先方からの「お気に入り」返しは、その方との共読本の割合を見て決めますが、ときどき職務の必要に駆られて全く趣味が重ならない方を一方的に「お気に入り」追加してしまうこともあります。わたくしからの「お気に入り」返しは必要ありませんので、どうぞご放念ください。
コミュニティへのご招待は、ご遠慮くださいますようお願いします。面倒くさがりなので、あまりコミュニティには参加しておりません。せっかくご招待くださったのに参加しないのは申し訳ないですし、お互い嫌な思いをしないとも限りません。参加したくなったら、こちらからお願いに上がりますので、その際はよろしくお願いします。
よく、くだらないことやばかばかしいことをつぶやいております。生温かい目で見守っていただけると幸いに存じます。
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というか8章以降急に「〇〇であり、△△だ。」という接続のしかたをする文章が増える。たぶんこの人の書き方の癖だと思うのだけど、文のリズムが崩れ、モヤモヤする。(←マネしてみた)