形式:コミック
出版社:秋田書店
ツマキの存在は知らなかったので目から鱗だった。しかし煕子の妹というなら年齢的に信長より高齢ではないかと思え、その出典が気になる所だ。その他、秀吉と恵瓊の交友と恵瓊の秀吉の評価の高さから見るに、やはり密約はあったと見る方が有力なのだろう。飢え殺しと当時の信長の心境がマッチングしてしまい、苛烈な制圧と家臣統制が周囲に不安を与えたのは安易に想像できる。
光秀67歳説だと子供達の年齢が若すぎて腑に落ちない事も多い。信長へ仕官した事で生活が安定し子供が作れるようになったといえば理解できない事は無いが、嫡男光慶が本能寺前年頃で12歳となると、光秀54歳頃の子供であり、そうなると煕子は当時35~40歳くらいで無いと妊娠が難しいだろう。斎藤義龍が道三を倒したときに力添えしておきながらなぜ仕官しなかったのかというのも気になる。
信長が長宗我部から三好に乗り換えたから、後が無くなった光秀が本能寺の変を起こしたという「四国説」が、最近では有力らしい。真相は何なんだろうね?😅
四国説が有力なんですね!四国説を聞いたことはありましたが、三好の重臣に秀吉の義兄が、三好康長の養子に秀吉の甥(後の関白豊臣秀次)がいたって、これはわりと知られた話なのでしょうか?全く知らなかったので、びっくりでした。本当にこれが、光秀を追い落とすための秀吉の策なのだとしたら、秀吉は怖すぎる〰💦
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