てっきり既存の漢詩文のコミュニティがあると思い込んでいましたが、なかったので、作ってみました。
自分は中国文学には興味があるものの、文学部に進む夢は挫折、『世説新語』『文選』とかは読みたいとは思いつつも仕事とか家庭とかコロナ禍とかに巻き込まれて、読んだこともなし。中国語は大学では選択していたものの、検定試験までは受験せず… 管理人の資格はないと思いますが、せめて情報交換の場になればと思います。
日本漢文とか、和漢混淆文も範囲に入るかと思います(自分、個人的には禅僧の絶海中津、江戸の頼山陽、広瀬淡窓に興味あります)。
明治・大正期の小説に出てくる漢語の出典探しなんかも面白そうですね(新潮文庫とかは注が詳細ですが、岩波文庫の小説には注が全くない本もありますしね…)。
宜しくお願い申し上げます。
(アイコンは松尾芭蕉も訪れた山形県の宝珠山立石寺です。芭蕉は杜甫の愛読者といわれています)
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「日本外史(中)」読み終わりました。「武田氏・上杉氏」は何回も読み返したいです。
年度末の仕事が一段落したら「三体詩」(朝日文庫)を再読しようと思います。
前回更新から8か月たってしまいました💦
比叡山と琵琶湖と艦これの比叡さんと草場船山の詩のフォーショット(?)です。
提督とデートのようです。
なお、詩の「妙音宮」は竹生島のことです。
ご無沙汰しています。漢詩を自作してみました。
詠伊号第四十一潜水艦 零水亭
波濤黒風三千浬
避月瞞禽到瘴池
酥蜜蒲桃昂士氣
一瓶洋酒獻城司
此宵英傑曾醺士
今報當時絶纓慈
戦偃再尋正垂死
護持空瓶涙沾巵
(伊号第四十一潜水艦を詠ず
波濤黒風三千浬
月を避け禽を瞞[あざむ]き[板倉艦長の機転により米軍機をダマし危機を脱した故事]、瘴池[孤立したブイン基地]に到る
酥蜜蒲桃、士氣を昂めしめ[観無量寿経の韋提希夫人の故事による]
一瓶の洋酒、城司[ブインの鮫島長官]に献ず
此の宵の英傑[伊四一潜の板倉艦長]、曽て醺士[ヨッパライ]
今報[むく]ゆ当時の絶纓の慈[楚王が、酔って女官に悪戯した客人が恥を掻かぬようとりなした機転][以前、軽巡「最上」艦長だった鮫島大佐を酔って殴った板倉少尉の罪を、大佐が軽くした温情]
戦偃みて再尋ぬれば正に垂死[戦後、板倉元艦長が鮫島元長官を訪ねれば病床にあり]
[鮫島元長官が]護持せし[ウイスキーの]空瓶、涙巵[盃]を沾[うるお]す)
以上。伊41潜と板倉光馬艦長、ブインの鮫島長官を詠んでみました。
【漢詩文つぶやき(漢つぶ) 194 太平記関連 後の吉野三絶】
天子當年駐翠華
故宮啼老白頭鴉
青山長是傷心地
輦路春風又落花
(天子当年[当時]翠華を駐[トド]む 故宮[に]啼き老ゆ白頭の鴉[カラス] 青山長[トコシ]へに是れ傷心の地 輦路[当時の南朝の天子か詩人を乗せた駕籠か?]の春風又落花)
(芳山懐古 明治〜昭和・土屋竹雨[1887-1958]]七言絶句。新釈漢文大系「日本漢詩 下巻」より引用)※おはようございます。※最近、仕事場が移転したり、風邪を引いたりしてましたが、少しずつ漢詩収集続けています。
【漢詩文つぶやき(漢つぶ) 193 太平記関連 後の吉野三絶】
四境峯巒綠蔚然
行宮西北繞長川
是山是水功堪勒
護得南朝正統天
(四境峯巒、緑蔚然[ウツゼン。草木がこんもりとしげる] 行宮[アングウ。天皇陛下の御所。ここでは南朝の御所]の西北長川繞[メグ]る 是の山、是の水、功、勒する[金石に刻み込む]に堪へたり 護[マモ]り得たり南朝正統の天)
(芳山懐古 明治〜昭和・加藤天淵[1879-1958]七言絶句。新釈漢文大系「日本漢詩 下巻」より引用)※おはようございます。※吉野の広大な自然が南朝を守ったという着眼点が面白いですね。
【漢詩文つぶやき(漢つぶ) 192 太平記関連 後の吉野三絶】
聞昔君王按劒崩
時無李郭奈龍興
南朝天地臣生晩
風雨空山謁御陵
(聞く昔、君王剣を按じて崩ずと 時に李郭[唐の安史の乱の平定に活躍した李光弼・郭子儀のような名将]なく[←新田、楠…💦]龍興[後醍醐帝の建武の中興]を奈[イカ]んせん 南朝の天地、臣[詩人自身]生まるること晩[オソ]し 風雨空山、御陵に謁す)
(芳野懐古其の一 江戸〜昭和・国分青厓[1857-1944]七言絶句。新釈漢文大系「日本漢詩 下巻」より引用)※おはようございます。※詩人は明治〜昭和の大詩人です。吉野、後醍醐帝を詠んだ詩はホントに多いですね。
【漢詩文つぶやき(漢つぶ) 191 太平記関連 吉野三絶】
山禽叫斷夜寥寥
無限春風恨未消
露臥延元陵下月
滿身花影夢南朝
(山禽[山に棲む鳥]叫断し夜寥寥たり 無限の春風恨み未だ消えず 露臥す延元陵下[後醍醐天皇]の月 満身の花影、南朝を夢む)
(芳野 江戸・河野鉄兜[1825-1867]七言絶句。新釈漢文大系「日本漢詩 下巻」より引用)※おはようございます。※長らくご無沙汰いたしました。※「吉野三絶」には頼杏坪の詩の代わりにこの詩を挙げる人もいるようです。※承句「延元陵」は後醍醐帝の墓所であり「畏れ多い場所で『露臥』するとは何事か」とツッコミが入ったようです。※鉄兜は豪快、多才で同業者のヤッカミを買うこともあったようです。鉄兜が酔って怒りを買った人から「鉄兜先生は和歌にもご堪能とか。是非一首」と所望されました。ちょうど、隣寺の和尚さんのお妾「お菊さん」の難産の噂をきいて「和尚さんが 陶淵明の 真似をして 菊を愛して なんざんをみる」と詠んだとか…。陶淵明の「飲酒 其の五」の「菊を采(採)る東籬の下 悠然として南山を見る」にかけた洒落でした。イマナラオコラレソウ
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