◆近代的軍隊やゲリラが相手ならまだしも、ジャングル内で蕃刀や弓、さらには鹵獲した武器で襲われる(しかも落伍すれば首をはねられたり肝臓や金歯を抜かれたという…)ことの恐怖が、島上陸後の悲惨な描写の一面でありこの戦記の非凡な側面だが、もう一方に、極限を迎えた戦地で多発したであろう、将校と兵からなる軍隊組織のあっけない融解の様が(やや装飾の多い文体の中に)つつみ隠さず描かれている。
「各隊とも、最初は分隊炊事であったが、患者が多くなるにつれて、元気な者は毎日危険と疲労を冒して徴発に出ねばならぬし、患者や、ずるい者は寝ていて一人前に喰うという、不平や、口論や、陰口が次第に多くなり、互いに離反し、気の合う者や、元気な者同士が数人ずつ組んで、独立の世帯をするようになった。病人や憎まれ者は自然と捨てられて行った。今まで階級の力で下級の者をいじめていた連中は、この時とばかり仕返しを受けねばならなくなった。」
「病は即ち死である。暫く養生すれば、すぐ治る病気でも、その間、喰わしてくれる者がなければ、無理をして病勢を悪化させるか、もしくは餓死か、二つに一つの道しかなかった。数人の共同生活と雖も、お互いに利用し合う共同世帯であるから、利用価値がなくなれば、直ちに捨てられて弊履の如く顧みられないのが常であった。」
「かくて任意の共同世帯から個人世帯へと、急速に各人が孤立して行った。「将来自分が病気をすれば、人に助けてもらわねばならぬ」というのは、余裕のある時の考え方である。その日その日の、生をつなぐに精一杯で、明日の生命の期し得ないところでは、将来に対する配慮もなければ、義理も、人情も第二義的である。共同による今日の負担に堪えられなかったのである。最も協働の必要なる時期であるにも、反対に、各人が孤立して行ったのである。」
「幹部がこの悪傾向を禁止するため、種々の命令を出したが無駄であった。共同世帯における上官の不当利得もまた、兵をして共同せしめなかった原因の一つでもあった。/ かくて、歩哨に立っても、その間、誰も喰わしてくれないから、いきおい、警戒よりも自己の食糧獲得の方が、歩哨にとって重大関心事となり、ために敵襲の犠牲が日を追って増大し、応戦命令に従って負傷しても誰も面倒を見てくれないから、つい、応戦せずに先を競って逃げるようになり、犠牲と個人世帯が悪循環して行った。」以上、94-95頁「個人世帯」の項より。
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◆近代的軍隊やゲリラが相手ならまだしも、ジャングル内で蕃刀や弓、さらには鹵獲した武器で襲われる(しかも落伍すれば首をはねられたり肝臓や金歯を抜かれたという…)ことの恐怖が、島上陸後の悲惨な描写の一面でありこの戦記の非凡な側面だが、もう一方に、極限を迎えた戦地で多発したであろう、将校と兵からなる軍隊組織のあっけない融解の様が(やや装飾の多い文体の中に)つつみ隠さず描かれている。
「各隊とも、最初は分隊炊事であったが、患者が多くなるにつれて、元気な者は毎日危険と疲労を冒して徴発に出ねばならぬし、患者や、ずるい者は寝ていて一人前に喰うという、不平や、口論や、陰口が次第に多くなり、互いに離反し、気の合う者や、元気な者同士が数人ずつ組んで、独立の世帯をするようになった。病人や憎まれ者は自然と捨てられて行った。今まで階級の力で下級の者をいじめていた連中は、この時とばかり仕返しを受けねばならなくなった。」
「病は即ち死である。暫く養生すれば、すぐ治る病気でも、その間、喰わしてくれる者がなければ、無理をして病勢を悪化させるか、もしくは餓死か、二つに一つの道しかなかった。数人の共同生活と雖も、お互いに利用し合う共同世帯であるから、利用価値がなくなれば、直ちに捨てられて弊履の如く顧みられないのが常であった。」
「かくて任意の共同世帯から個人世帯へと、急速に各人が孤立して行った。「将来自分が病気をすれば、人に助けてもらわねばならぬ」というのは、余裕のある時の考え方である。その日その日の、生をつなぐに精一杯で、明日の生命の期し得ないところでは、将来に対する配慮もなければ、義理も、人情も第二義的である。共同による今日の負担に堪えられなかったのである。最も協働の必要なる時期であるにも、反対に、各人が孤立して行ったのである。」
「幹部がこの悪傾向を禁止するため、種々の命令を出したが無駄であった。共同世帯における上官の不当利得もまた、兵をして共同せしめなかった原因の一つでもあった。/ かくて、歩哨に立っても、その間、誰も喰わしてくれないから、いきおい、警戒よりも自己の食糧獲得の方が、歩哨にとって重大関心事となり、ために敵襲の犠牲が日を追って増大し、応戦命令に従って負傷しても誰も面倒を見てくれないから、つい、応戦せずに先を競って逃げるようになり、犠牲と個人世帯が悪循環して行った。」以上、94-95頁「個人世帯」の項より。