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個人的には「確かに差別かもしれないが、事実なので仕方ない」とするよくある居直りに対する反論が明確で良かった。差別以外の解決策を検討することが必須。
差別される苦しみを吐露されたときにも、善意や慰めなどの意図で差別を相対化してしまいがち。気をつけよう。
それにしても、ECDがこの文章から遠からずこの世を去ることを知っているのに、もしかしたら意外と長生きするんじゃないか、とか読みながら思ったりしてしまうのは不思議だ。別のところではもうすぐ死んじゃうんだな、と涙ぐんだりする。植本さんの情緒不安定さがうつってしまったかのようでもある。
どこか結末だけ知っているミステリのように読み進めていった。ECDを実際に目にしたのはおそらく一度だけ、それも遠くからの後ろ姿だった。その日はたぶん都知事選前最後の日曜日で、新宿の歩行者天国で候補者の応援イベントが行われていた。群衆の後方にプラカードを地面に突き立て、仁王立ちしていたのがECDだった。この人があのECDか、と畏れにも似た感情とともに得心したのを覚えている。一瞬写真を撮ろうと思ったものの、畏敬の念がそれを押し留めた。ただ立っているだけなのに、自分が一生かけても敵いそうにない人なのは明らかだった
前著の元々のタイトルが『働けECD』だったように、植本さんは一般的に、そういうECDのパートナー、という位置付けだったのだろう。私にとってもそうだった。けれどこの日記はなんだろう?これほど明け透けに、虚飾も感じさせることなく、自分の生を描き公開した文章があっただろうか。植本さん自身に対しては、読む人によって反感も共感もありうるはずだ。植本さんの病はある意味ありふれたものだろうから。けれど、これを読む経験は、まるで類のなかったもので、多分他の少なくない人にとってもそうなのだろう。俄然日記に興味が湧いてきた。
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