海外文学好きの方たちにとってはソワソワする季節。あちこちで予想と称するものも眼につく。わりと良心的と思わされたのはめずらしく読売新聞オンラインの記事、でも署名なし。もうひとつ天下の鴻巣さんの評。鴻巣さんがラテンアメリカの女性作家に肩入れしているのが意外かと思ったがもちろん道理はあり。わたしは誰がとってもあまり関心はない。というか、意外な作家の名が出てくるのが興味深いか。でも気にはなるのは授賞したことでプレッシャーのようなものを感じて以後の活動に好ましくない影響が出ることだろうか。動じないひともいるだろうが
5.「ペットロス」読む。いろいろな意味で家族というものは危機にさらされている。国家に比べるとフィクション性はまだ低いかもしれないが。たとえばマスコットが介在することで家族はいかなる影響をうけるか。頭ではだれでも知っているかもしれないがアカデミックに言説化した人はいないかもしれない。さてこの物語では初老夫婦の(あるかどうかわからないかもしれない)絆がもろさを露呈。どこまでずるずる崩れていくのかと思っていると幸いにも理解というキーワードの出現によってすべてが救われていく、というようなハッピーエンド的終結。
6.「トラベルヘルパー」読む。老いらくの恋から始まって障害者へと移動していく。しかも物流、物の運搬から障害者の移動へと地味な話ながら要所を突いているという感じ。五つも暗い話が続いて気が滅入るばかり、でもここでは恋の鮮烈さなるものを思い起こしながらあらためて熟年世代の今後についてあれこれ考える余地がありそうだ。どの話もじゅぶんディテールに凝っていてそんなところから醸し出されるリアリティのなんとたくましいことだろうか。古書店が出てくるところからあの映画も思い出されるし、読むという行為から照り返される日常。
3.じつは何がどう転んでどう滑っていくのか綴られている以上のことはかならずしもよく判別できるわけではない。しかし自分以上のなにかの重さのようなものか。 石川淳「處女懐胎」読む。やはり敗戦後まもなくのカオティックな世相を背景としての惚れ噺。はじめはいくらか与太噺のごとくで引くように読み進める。やがて芸術一般のことも交えながら噺の密度はあがっていく。はては秘跡へと至る超現実主義的な展開をおびる。はていかなる条件にてかような秘跡に立ち会うことができるかの、すこぶる興味をそそられる。
4.もちろんスタンダード化された社会においてはめったなことでは秘跡は起こらないはず。さらに秘跡を待望するという意志がはたらいてこそ享受できるのだという意味もあるだろう。
英語はあまり得意ではない(得意だと思っていた時期もあったが)。
それでも映画にて「存在のたえられない軽さ」を見たときは、原作をぜひ読みたいものだと思った。
当時、邦訳はまだ出ていなかったので英訳を買って読んだ。
The Unbearable Lightness of Beingである。
わりとやさしく読めたと思った。
それに味をしめたのか、おなじくミラン・クンデラのImmortalityの仏訳を買って読もうとした。
しかしそう簡単には読めるものではないのである。
おなじことはエーコでも発生した。
The Name of the Roseを英文で読もうとしたのである。
カトリック英語には詳しいはずだった。
しかし哀しいかな、読み進められる道理はなかった。
ドリス・レッシングのThe Golden Bookを読み始めたときは決死の覚悟であった。
だが案の定、なかなか読み進められない。
一年以上もかかってようやく終える(正しくは二年以上)。
そんなていたらくな生き方しかできないわたくしであるのが哀しい。
(そういえば、マルコム・ロウリーのUnder the volcanoのペーパーバックをもらったことがあった。字が小さいので、ちょっと引く。しかし西訳のBajo el volcanと並行して読むことにした。なんとか読み終えた。しかしあとには頭になにも残っていなかった)
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5.「ペットロス」読む。いろいろな意味で家族というものは危機にさらされている。国家に比べるとフィクション性はまだ低いかもしれないが。たとえばマスコットが介在することで家族はいかなる影響をうけるか。頭ではだれでも知っているかもしれないがアカデミックに言説化した人はいないかもしれない。さてこの物語では初老夫婦の(あるかどうかわからないかもしれない)絆がもろさを露呈。どこまでずるずる崩れていくのかと思っていると幸いにも理解というキーワードの出現によってすべてが救われていく、というようなハッピーエンド的終結。
6.「トラベルヘルパー」読む。老いらくの恋から始まって障害者へと移動していく。しかも物流、物の運搬から障害者の移動へと地味な話ながら要所を突いているという感じ。五つも暗い話が続いて気が滅入るばかり、でもここでは恋の鮮烈さなるものを思い起こしながらあらためて熟年世代の今後についてあれこれ考える余地がありそうだ。どの話もじゅぶんディテールに凝っていてそんなところから醸し出されるリアリティのなんとたくましいことだろうか。古書店が出てくるところからあの映画も思い出されるし、読むという行為から照り返される日常。