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あんずの木の下で:体の不自由な子どもたちの太平洋戦争

感想・レビュー
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ヒラP@ehon.gohon
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大人のための児童書
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ねぎまぐろ
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★★
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ヒラP@ehon.gohon
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ネタバレ紙芝居の「あんずの花につつまれて」(渡辺美佐子/原案、宮﨑二美枝/脚本、小林知子/絵)を、渡辺さんの前で演じる事になって再読しました。 事実を基にした紙芝居には、物語の奥に込められた様々な舞台裏があります。 紙芝居を聴くことで、そこで終わってしまったら、自分の関心事にはなりません。 この紙芝居には、戦争を過去のものとして傍観するのではなく、障がい者と社会との関わりという視点から、インクルーシブ社会を考えるという現代性の扉があります。
ヒラP@ehon.gohon

とはいえ、どうしても限られた枚数の絵と、圧縮された物語のため、紙芝居を補完するためには不可欠な本だと思います。 光明学校(現東京都立光明特別支援学校)は昭和7年に開校された、日本初の肢体不自由者を対象とした学校でした。 そこで学ぶ生徒は、それを支える教員たちとともに、社会の軋轢の中で教育と障がい者を守り続けてきたのだと思います。 その彼らが、戦争の中でどのように生き抜いてきたか、社会とどのようにつながり合えたかが語られています。

02/07 06:12
ヒラP@ehon.gohon

光明学校の生徒たち教員たちは、行動の不自由さのために学校内での「現地疎開」という道を選びました。 しかし、空襲に対する危機感のために疎開地を探すのです。 彼らが疎開して間もなく、校舎は空襲で崩壊されます。 その危機一髪を救ったのは、校長の尽力と理解者の登場でした。 戦争が終わっても、教育環境の整備が先送りされたため、終戦後4年間も「疎開」は続けられ、その地で教育は続けられました。 考えさせられる事が山のようにある、ノンフィクションです。 それを紙芝居でどこまで伝えられるか、かなりのハードワークです。

02/07 06:13
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果糖グミ
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☆☆☆
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カイ
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図書館から借り。日本初の障害児のための学校の、児童・先生と戦争との戦い。
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おおきなかぶ
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上山田ホテルは今でもあるんですね。
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たかぼう
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小学生向けか?大変読みやすく1時間くらいで読めてしまう
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sara
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ネタバレ理不尽な理由で疎開の対象外にされてしまった障がいのある生徒たちを自力で長野に疎開を…。長野から東京に戻るシーン、上山田の方々の優しさ、皆が大変な時なのに凄いなぁと。 これオススメ本(総ルビ)今回は本紐もあんず色。
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ままこ
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戦時下での体の不自由な子供たちの様子や、子供たち守るために尽力してくれた方々のノンフィクション。特に疎開先を奔走して探し出した松本校長先生には頭が下がるばかり。子供たちを受け入れてくれた村長さん、今も現存する上山田ホテルの従業員や周辺の人々の心やさしさに救われる思いだった。最終章『おわりーなぜ、戦争はなくならないのか。』は筆者の伝えたい言葉が詰まっている〈戦争と平和について考えること。それは、とりもなおさず、みなさん自身の未来と幸福について、考えることでもあるのです。〉児童書だが大人にも是非読んでほしい。
ままこ

日本初の特別支援学校となった光明学校の視察にきた、別の区の国民学校の先生の発言が酷すぎる。それに対して、松本校長先生の〈戦争という悪の渦に巻き込まれてしまうと、良心を無くし、正しい判断力を失ってしまう──これもまた、戦争の恐ろしさだ〉に同感。

08/14 11:20
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山口
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ネタバレ児童書。戦時中に支援学校として唯一集団疎開した東京都立光明特別支援学校の話です。疎開先は長野県の上山田温泉。学童疎開の意味や、当時障がい者たちが、どのように扱われたかなど勉強になったが、太平洋戦争に対する著者の考え方が一方的過ぎるような……。
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エル
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戦争中でも障害者というのは当然いたわけだけど、そういえば今まで読んだ戦争ものの本の中に障害者の話をみたことがなかったな。今でも障害者は差別されているが、戦争中はかなり酷かったなんて知らなかった。疎開もままならず国から見捨てられ、そのままでは死ぬしかなかった光明学校の子どもたち。松本保平先生の尽力はいかほどのものか。戦争は弱いものから犠牲になるが、障害者のことが私もすっぽり抜けていた。平和というものはもろい。平和を守るためになにをするべきか読んでほしい。
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めっかち
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 あの……イデオロギッシュ過ぎ。これ程の自虐史観、久しぶり見た……。あと、いじめと戦争が同じとか言ってるわけだが、だとしたら戦争をなくすのは不可能では? 著者は、いじめの構造自体、かなり単純化してる訳だが、国際社会の主体は主権国家であり、かように単純な話ではなかろう。ぜレンスキー大統領はプーチンと対話で問題解決できると考えていたが、プーチンは侵略戦争を始めた。日本が独立変数かのように夢想し、憲法9条を崇めれば平和になるとの議論はリベラルを中心に耐えないわけだが、いい加減世界の現実を直視すべきではないのか?
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manaty
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戦争の話で障がい者がどう扱われていたかなんて授業では習わないし、大抵の戦争ものでも扱わない。でも当時も障がい者が存在していることは、考えてみれば当たり前のことで、こんなことになっていたのかと知ることができた。邪魔者だから毒殺するなんてありえない…。でもそれが当時の当たり前の考え方だったんですよね。 平和はもろい。本当にそう思います。平和を維持する努力を続けていきたいです。
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りんふぁ
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戦時下での障害児の姿を垣間見れた。
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マツユキ
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2冊続けて小手鞠るいさんの児童書。今度はノンフィクションです。障害を理由に、疎開させてもらえない児童たちを守るため、校長先生は奔走した…。その時代に、光明学校があった事に感動し、残留児童という言葉にショックを受けました。戦争の非情さは誰にとっても辛いですが、そんな中で子供を守り、育てた人たちがいた。戦争に関係なく、心に留めておくべきだと思いました。作者は、最後に、戦争といじめの共通点を語っています。
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︎💓ひかる💓
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「ごくつぶし」「非国民」と蔑まれて仲間はずれにされ·····なぜ?好きで障害者になったわけではないだろうに。文末の「なぜ、戦争はなくならないのか」。で少し😢 私的には「なぜ、差別はなくならないか」です。
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chips
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小手鞠さんの書く戦争のお話。第二次世界大戦下、東京にある肢体不自由の子供たちのための学校『東京都公明特別支援学校』の先生と子供たちが、長野県にある上山田温泉、上山田ホテルに集団疎開したお話。とにかく松本校長先生の子供を想う気持ちと粘り強さに胸が熱くなりました。
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けんとまん1007
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サブタイトルにあるように、とても厳しい状況下での実話。人間の弱さ・醜さが顕著に出る時代。そういう時代で、ここまでできたということに希望を見出す。先生方の思い、それに応える人達の存在。そして、子どもたちの思い。違いと差という言葉がある。その言葉自体の捉え方も千差万別。自分自身の、日々の営みを振り返る。
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TAGO
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この本を読んで いつ空襲に見舞われるか分からない 危険な都市に残されたままの 残留学童の命を守ろうと 知恵を絞り行動した人たちがいたことを 知りました。 学童疎開は全ての学童が疎開できたわけじゃなかったんだ。 国や市の非情な判断で 切り捨てられた子たちがいたという事実。 冷酷だな。 学童疎開に限らず あらゆる判断に血が通ってない。
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かたばみ
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ネタバレ【備忘録】肢体不自由児の学童疎開。長野県戸倉上山田温泉。
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knsm11
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体の不自由な子どもたちは残留学童として国から見捨てられた。現地疎開そして長野上山田温泉村への疎開。児童本として読みやすく、ぜひ子どもたちに手に取って欲しい一冊だ。
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とよぽん
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昭和17年、松本保平先生は光明学校の三代目の校長に。松本先生は、体の不自由な子供たちの教育を受ける権利を何よりも大切にした。東京大空襲の後、光明学校の子供たちを疎開させようと奔走し、ようやく昭和20年5月に長野県上山田温泉へ全校疎開する。先生方や療育に携わる方々は、親代わりにもなって24時間、毎日休む間もなく子供たちのために働いた。あんず村まで遠足にやって来た光明学校の子供たちの写真が残されている。体の不自由な幼い子が、親元を離れて4年間も疎開していた。その事実を知ることができる貴重な本である。
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絵本専門士 おはなし会 芽ぶっく 
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戦時中、障碍者たちはどう避難していたのだろう?『やっかい者』『役立たず』『非国民』と言われて…。疎開することも叶わなかった時代に、光明学校(手足の不自由な子どもたちのための学校)の生徒たちは学童疎開することが出来ました。光明学校が昭和7年に設立されていたことにも驚きましたが、松本保平校長先生始め、先生たちの尽力には頭が下がります。上手く言葉が出ませんが、戦争の被害者であることを主に語ってきた本が多かった中で、日本も戦争加害者であることも伝えてくれる本です。子どもたちにも是非伝えたい1冊です。
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たんぽこ
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本書ではじめて、残留学童の存在を知りました。太平洋戦争中、大都市に住む子どもたちは、全員疎開させられたのではなかったのですね。貧しい家庭の子、持病や障害をもつ子など、30万人以上の子どもたちが疎開できず取り残されていたなんて。障害のある人たちが「ごくつぶし」「非国民」と蔑まれていた事実に愕然とします。そのような時代にあって、子ども達の命を守るため奔走した東京都立光明特別支援学校の校長・松本保平先生や職員の方々の姿に胸を打たれました。
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どら母 学校図書館を考える
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戦争の記録が、今、新たに書き起こされている。これを、こどもたちに手渡さなければならない。
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タバサ
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 せっかく珍しい題材なので、時系列でなく、もっと深く書いてほしかったです。特に、子どもたちの様子があまり伝わらず、もっと大変だったはずなのに、さらっとしすぎていて物足りなかったです。
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みい
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疎開という言葉は知っていたが制度について詳しく知らなかったのでこの本を読んで知ることが出来た。私は、光明学校の校長先生と、疎開先として受け入れてくれた若林さんをとてもすごいと思った。みんなが苦労していたこの時代に、子供のために尽力を尽くせるような人に私もなりたいと思った。
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とくま
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〇「子どもたちの心にも、雨がふりはじめました。」
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高麗(こま)
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「児童書コーナーに小手毬さん?」と思ってタイトルも見ずに借りた一冊。サブタイトルにあるように、“体の不自由な子どもたちの太平洋戦争”の話。何となく学童疎開は貧富の差も持病や障碍も関係なく誰でも出来てたと思ってたから、障碍児の疎開にこんな苦労があったとは想像もしてなっかた。贅沢を言えば、光明学校の生徒と疎開を受け入れてくれた上山田ホテルの人達の交流の様子もあれば子供が読むのに入りやすいんじゃないかな。どうかな?
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モモ
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第二次世界大戦中、子どもたちを空襲の少ない地域に学童疎開させたが、体の不自由な子どもたちを受け入れてくれるところが見つからなかった。そこで受け入れてくれたのが、長野県上山田温泉の上山田ホテル。私の大好きな温泉街の一つで行ったことが何度かあるが、そのことについて触れてある資料など見かけたことはないような。辛い体験をした子どもが多いのに、心が洗われるような良い話。多くの人に知ってもらいたい本。
ルカ

これは、実話ですか?上山田ホテル!

08/19 18:49
モモ

実話ですよ~❗長野県の人たちに知ってもらいたいです❗

08/19 20:47
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こまき
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先日聞いた講演会の中に出てきた本。講演会の中で「光明学校の当時の子が、振り返った文章に、「辛いはずの戦争でしたが、先生方や上山田温泉の方など、大人たちに守られて、のびのびと明るく過ごせた」とありました。」と仰っていました。この本では、大人からみた話も載っています。どれ程苦労されたか、けれど、その苦労は子ども達に伝えられることがなかったのだと思うと、更に頭が下がります。☆ところで。「戸倉」の振仮名が「とくら」になっていたの細かいことですがが気になりました。地元民としては、ここは「とぐら」にして頂きたかった。
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きりだんご⭐️新潮部
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●図書館
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こりんご
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『ある晴れた夏の朝』を探したが図書館になかったので、今年はこの本にしようと借りてみた。 子ども向けにわかりやすい言葉で書かれたこの本は、〈戦争反対〉という著者の強い思いに溢れていた。追い詰められて誰もが余裕のない時代ではあったが、足手まといとされた子供たちに手を差し伸べた光明学校の先生や疎開先の人々のような存在がなかったらと思うと恐ろしい。ただ、この先の未来も子どもたちに疎開とは無縁の平和な日々を…と願うばかりだ。
こりんご

「はじめに 東京から届いた一通のメール」  「第1章 運命を乗せた列車」  「第2章 学童疎開と光明学校」  「第3章 ふたつの疎開」  「第4章 悲しい別れ」  「第5章 あんずの木の下で」  「第6章 鳴りひびく空襲警報」  「第7章 終わらなかった疎開生活」  「おわりに なぜ、戦争はなくならないのか。」   「光明学校年表」  「参考文献」

09/19 01:38
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知佳
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ネタバレ210.75 東京→長野→東京 光明学校 上山田ホテル◇1941.12.真珠湾攻撃 →太平洋戦争(??????連合軍)◇戦場で戦う兵士たちだけではなく昨日までごく普通に生活していた大人たち、子どもたちの命可能性夢希望幸福愛情、それらすべてが一瞬にして破壊されてしまう そういうたたかいを起こしているのが他ならぬ人間である というところに本当の恐ろしさがある◇戦争のなかった時代は存在しない
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火星人碧
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戦争中のことを書いた本を読むと、よく「子供や老人、障碍者は足手まとい」で、特に障碍者は人間扱いされなかったと書かれている。この本は、昭和の初めに公立の支援学校をつくって、戦争を学校ぐるみの集団疎開で凌ぎ切った校長先生がおられたことを教える。物も食料も底をつくと人の心は余裕を失う。そんな中で支援学校の子供たちに手を差し伸べた人がいたことは素敵だし、それにはこの先生の熱意が大いに貢献していることは言うまでもない。明日いのちがなくなるかもしれない状況下で心の交流ができたことは、子供たちの財産になったに違いない。
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U
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読友さんの感想を読んで手にとりました。当時、光明学校の校長先生や、上山田ホテルの支配人さんのような心を持った日本人がいたことに、胸を打たれました。この歳になっても、戦争についてまだまだ知らないことがあると自覚したし、いろんな人の視点から学び続ける必要があると感じました。
U

あやさん、こんばんは。コメント、ありがとうございました(>_<) 児童書はふだん読まない分新鮮で懐かしかったです。(感想は結局、硬い感じになってしまいましたが…)おっしゃるように、自分もその時代に生きていたと思うと、他人事とは思えないですよね。毎夏戦争の本を読まれるとのこと、私もあやさんを見習い、今後も夏には戦争の本を意識して読みたいと思いました。

08/23 20:24
あや

児童書、懐かしいですよね(^_^)感想も、ゆうこさんらしさが伝わる素敵な感想だと思いますよ!戦争を体験した世代の方々が少なくなっていることを思うと、やはり私たちの世代が戦争の悲惨さ、二度と繰り返してはならない歴史を知り、それを次の世代へ伝えて行く必要があるのではないかと思うのです。祖父母世代からバトンを受け継いだと思って、一年に一度は学ぶ機会を持ちたいと思っています。

08/24 05:33
3件のコメントを全て見る
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あーさん☆㊗️22222冊達成!!(⁠≧⁠▽⁠≦⁠)
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障害者がいない時代なんてないんですよ。しかも、戦争の時代は酷ですよ。読みやすい量ではありますが、やはり、『火垂れの墓』を思い出してしまう自分(T_T)
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fwhd8325
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3.11で避難された方の中に、ご家族に障害を持っている方がいて、受け入れてくれる避難所がなく困ったという話を聞いたことがあります。障害者の方が弱者と位置づけてはいけません。戦争でも災害でも、恐怖は平等に降りかかります。だから、安全を確保するために不平等があってはいけません。どこかが狂っていた時代だったかもしれません。あまりにも情けなく、悲しい歴史の一つでしょう。私たちはそれを語り継ぐことが必要なのだと思います。
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かおりんご
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児童書。読みともさんの感想で知って、読みました。東京にあった特別支援養護学校の子供たちが、戦時中にどうやって疎開したかの話。体が不自由というだけで差別され、いじめを受けていたことは知らなくちゃいけないことだし、現代のいじめ問題に通じるところがあると思います。が、しかし、全面に押し出される自虐史観(大東亜戦争は100パーセント日本が加害者)は、なんとも言いがたい。無差別に機銃照射したアメリカは悪くないのか?疎開しなければいけないようにした無差別空襲に問題はないのか?と思ってしまいました。
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へくとぱすかる
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東京初の、今の言葉で言うなら、特別支援教育の学校「東京市立光明学校」。当時の人々の無理解は驚くばかりで、教師さえも、戦争のためなら障害のある子どもたちを見捨てていく。子どもたちの命を守るために疎開を実現させた、当時の校長先生たちの熱意には、頭が下がる思いがする。もし、こんな世の中が再来したら、私たちは果たして子どもたちのために尽くすことができるだろうか。障害者の人権が見捨てられない未来であってほしい。
へくとぱすかる

これが、私の小手毬るいさんの初読みになりました。よかったです。

10/25 20:37
MF

へくとぱすかる様こんにちは。疎開の実態を社会派ミステリのスタイルに落とし込んだものとして、2巻ものの単行本ですがこちらもご参考までに。図書館で読まれている方も多いようです(僕は買いました)https://bookmeter.com/books/11527149 https://bookmeter.com/books/11525424

07/16 15:11
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